冬物語 Second Season

第五話 「Dearest」

Ah- いつか永遠の
眠りにつく日まで
どうかその笑顔が
絶え間なくあるように
浜崎あゆみ「Dearest」

 朝の明るい光の中で、公園の木々は瑞々しく輝いていた。
 すでに春は過ぎ去ろうとし、初夏と呼べる季節が近づいている。
 自分が過去だけを見ている間にも、時間は確実に流れ続け、そして世界はこんなにも明るく、輝いている。降り積もる雪の中に、ただ立ち尽くしていた私は、やはり自分だけしか見ていなかったのだろう。
 そんなことを考えながら、真冬は青空を見上げた。太陽のまぶしさに、思わず目を細める。
 そのままの姿勢で、真冬はただ空を見ていた。
 やがて、土を踏む足音が耳に届くまで。

「こんなとこで何してんだ?」

 懐かしい場所で聞く、懐かしい言葉。
 それがこんなにも嬉しい。
 だから、真冬は微笑んで、視線を空から下ろした。

「……あんたこそ」

 笑顔を向けられて、信は少し戸惑ったように視線をさまよわせた。
 しかし、すぐに自分も笑顔を浮かべて、真冬に答えた。なにがそんなに嬉しいのか不思議になるくらい、顔中の笑顔。

「……ここに来れば、お前に会えるような気がして」

「……」

 ニッ、と真冬が唇の端だけで笑う。猫のよう、と彼女が呼ばれる由縁。
 そして、真冬はゆっくりと信の立つ場所に歩いていった。目の前に立ち、じっと信の笑顔を見つめる。

「二度と逢わないって、云ったのに」

「俺は約束してないよ」

「……ほんと、勝手なんだから」

 もう一度、猫のように笑おうとして――、真冬は、やめた。
 真っ直ぐに見つめてくる真冬の視線に、信は胸の高鳴りを覚えた。
 こんなにも……彼女は……美しかっただろうか……?
 信の動揺を見抜いているのかどうか、真冬は微笑んで、呟いた。

「私……あんたが好きよ」

「真冬……」

「謝ったりしたら、ぶん殴ってやるからね」

 云いながら、笑顔のままで真冬は拳を掲げた。信は一歩後ずさる。

「……ぐーですか」

「当然」

 どちらからともなく、苦笑する。真冬は握り拳をポケットに収め、穏やかに微笑んだまま、言葉を続けた。

「ただ、あんたに伝えたかった。……ただ、あんたに聞いてほしかった。それだけだから」

「……」

「じゃ。帰るわね。送り狼はお断り」

 信の横を通り過ぎ、真冬は歩き去ろうとした。
 凛と背筋を伸ばしたその後ろ姿に、信は声をかけた。

「真冬……」

「なあに?」

 真冬は振り向かずに足を止めて、問い返した。
 信は伝えるべき言葉を探した。たくさんあるような気がしたが、たったひとつですべてが伝わるようにも思えた。

「その……サンキュ、な」

「……バカなんじゃないの?」

「ひでえ……」

 真冬はゆっくりとした足取りで、公園を出ていった。
 わずかに振り向いた真冬の瞳には、確かに涙が浮かんでいたけれど、信はそれに気づかないふりをした。

(ほんと、サンキュ、……真冬)

 胸の裡でもう一度くり返して、信はまぶたを乱暴にこすった。

     *

 大学のカフェで、静流は一人、昼食を取っていた。今日は小夜美は午前の授業が休講で、来ていなかったのだ。
 窓際の席は、眩しいほど日差しが差し込む。ふと静流が窓の外を見やったとき、前の席にランチの乗ったトレイが置かれた。

「ここ、座ってもいいですか?」

 静かな声に顔を上げると、黒髪の美しい女性が、少しはにかんだ笑みを浮かべて立っていた。
 その顔が可愛らしくて、静流はつい意地悪をしてみたくなった。

「どうぞ。わたしはもう行きますから」

「あ……」

「うそうそ。どうぞー」

「……意外に、意地が悪いんですね」

「そうよー。妹もよく泣かしたわ」

「……」

 苦笑しながら、真冬は腰を下ろした。静流はニコニコと微笑んで、真冬を見守っている。

「……そんなに見られると、食べにくいんですけど」

「気にしない気にしない」

「気になります」

 深いため息をつくと、真冬は箸を下ろして、静流を見つめ返した。そして、不思議そうに首を傾げる静流に、軽く頭を下げた。

「藤村さん……?」

「その……色々……ありがとうございました」

「わたしはなにもしてないわよ」

「いいえ」

 顔を上げて、真冬は微笑んだ。ほんの少し淋しそうで、だけど、やはり喜びを内に秘めて。

「今朝、信に逢ってきました」

「……そう。それで?」

「やっぱり、一発ぐらいは殴ってやればよかったかと思ってます」

「……」

 静流は思わず目を丸くして、真冬の顔をまじまじと見つめた。だが、すぐにぷっと吹き出し、声を上げて笑った。

「あははははは。いいわね、それ。うん、そうよ、ガツーンとやってやらないとね。あはははは」

「……そんなに笑わなくてもいいでしょう」

 憮然とした表情で、真冬は箸を取って食事を再開した。それでもなかなか静流の笑いは収まらなかった。

「あはは、いいなあ、うん、ほんと、あなたって素敵」

「からかわれるのは、嫌いです」

「そんなんじゃないわよ。あはは、うん、わたしも今度、健くんに技でもかけてやろう」

「……技……?」

 今度は真冬が眉をひそめて、静流を見つめた。静流は笑いすぎて目に浮かんだ涙をぬぐいながら頷き、ふと真顔に戻った。

「……わたしが、『この想いは捨てない』って云いきれたのは、あなたのひたむきさを見ていたからだと思うの。だから、お礼を云うのは、わたしの方よ」

「静流さん……」

「……もう、大丈夫、かな? わたしが人に訊けたことじゃないとは……思うけどね」

「……」

 真冬は目をそらし、少し表情を曇らせた。けれど次の瞬間には、心配そうに覗き込んだ静流に、微笑んで見せていた。

「わかりません。……でも、あいつが好きだっていうこの気持ちは……きっともう二度と、ごまかしたり、捨てようとしたりはできないから……」

「……」

「だから、なんとかやっていくしかないと思います」

 そう云って、真冬はもう一度、笑顔を浮かべた。
 静流が思わず、笑い返してしまうような。
 それは真冬自身気づいていなかったけれど、彼女が憧れてやまなかった、あの信の笑顔に似ていた。



 そうして、彼女たちは気づく。
 冬はいつか、終わっていることに。


Memories Off EX
Scenario for Mafuyu Fujimura
Episode II
"The End of Winter"
end



2002.5.15

あとがき

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