Ah- いつか永遠の
眠りにつく日まで
どうかその笑顔が
絶え間なくあるように
浜崎あゆみ「Dearest」
朝の明るい光の中で、公園の木々は瑞々しく輝いていた。
すでに春は過ぎ去ろうとし、初夏と呼べる季節が近づいている。
自分が過去だけを見ている間にも、時間は確実に流れ続け、そして世界はこんなにも明るく、輝いている。降り積もる雪の中に、ただ立ち尽くしていた私は、やはり自分だけしか見ていなかったのだろう。
そんなことを考えながら、真冬は青空を見上げた。太陽のまぶしさに、思わず目を細める。
そのままの姿勢で、真冬はただ空を見ていた。
やがて、土を踏む足音が耳に届くまで。
「こんなとこで何してんだ?」
懐かしい場所で聞く、懐かしい言葉。
それがこんなにも嬉しい。
だから、真冬は微笑んで、視線を空から下ろした。
「……あんたこそ」
笑顔を向けられて、信は少し戸惑ったように視線をさまよわせた。
しかし、すぐに自分も笑顔を浮かべて、真冬に答えた。なにがそんなに嬉しいのか不思議になるくらい、顔中の笑顔。
「……ここに来れば、お前に会えるような気がして」
「……」
ニッ、と真冬が唇の端だけで笑う。猫のよう、と彼女が呼ばれる由縁。
そして、真冬はゆっくりと信の立つ場所に歩いていった。目の前に立ち、じっと信の笑顔を見つめる。
「二度と逢わないって、云ったのに」
「俺は約束してないよ」
「……ほんと、勝手なんだから」
もう一度、猫のように笑おうとして――、真冬は、やめた。
真っ直ぐに見つめてくる真冬の視線に、信は胸の高鳴りを覚えた。
こんなにも……彼女は……美しかっただろうか……?
信の動揺を見抜いているのかどうか、真冬は微笑んで、呟いた。
「私……あんたが好きよ」
「真冬……」
「謝ったりしたら、ぶん殴ってやるからね」
云いながら、笑顔のままで真冬は拳を掲げた。信は一歩後ずさる。
「……ぐーですか」
「当然」
どちらからともなく、苦笑する。真冬は握り拳をポケットに収め、穏やかに微笑んだまま、言葉を続けた。
「ただ、あんたに伝えたかった。……ただ、あんたに聞いてほしかった。それだけだから」
「……」
「じゃ。帰るわね。送り狼はお断り」
信の横を通り過ぎ、真冬は歩き去ろうとした。
凛と背筋を伸ばしたその後ろ姿に、信は声をかけた。
「真冬……」
「なあに?」
真冬は振り向かずに足を止めて、問い返した。
信は伝えるべき言葉を探した。たくさんあるような気がしたが、たったひとつですべてが伝わるようにも思えた。
「その……サンキュ、な」
「……バカなんじゃないの?」
「ひでえ……」
真冬はゆっくりとした足取りで、公園を出ていった。
わずかに振り向いた真冬の瞳には、確かに涙が浮かんでいたけれど、信はそれに気づかないふりをした。
(ほんと、サンキュ、……真冬)
胸の裡でもう一度くり返して、信はまぶたを乱暴にこすった。
*
大学のカフェで、静流は一人、昼食を取っていた。今日は小夜美は午前の授業が休講で、来ていなかったのだ。
窓際の席は、眩しいほど日差しが差し込む。ふと静流が窓の外を見やったとき、前の席にランチの乗ったトレイが置かれた。
「ここ、座ってもいいですか?」
静かな声に顔を上げると、黒髪の美しい女性が、少しはにかんだ笑みを浮かべて立っていた。
その顔が可愛らしくて、静流はつい意地悪をしてみたくなった。
「どうぞ。わたしはもう行きますから」
「あ……」
「うそうそ。どうぞー」
「……意外に、意地が悪いんですね」
「そうよー。妹もよく泣かしたわ」
「……」
苦笑しながら、真冬は腰を下ろした。静流はニコニコと微笑んで、真冬を見守っている。
「……そんなに見られると、食べにくいんですけど」
「気にしない気にしない」
「気になります」
深いため息をつくと、真冬は箸を下ろして、静流を見つめ返した。そして、不思議そうに首を傾げる静流に、軽く頭を下げた。
「藤村さん……?」
「その……色々……ありがとうございました」
「わたしはなにもしてないわよ」
「いいえ」
顔を上げて、真冬は微笑んだ。ほんの少し淋しそうで、だけど、やはり喜びを内に秘めて。
「今朝、信に逢ってきました」
「……そう。それで?」
「やっぱり、一発ぐらいは殴ってやればよかったかと思ってます」
「……」
静流は思わず目を丸くして、真冬の顔をまじまじと見つめた。だが、すぐにぷっと吹き出し、声を上げて笑った。
「あははははは。いいわね、それ。うん、そうよ、ガツーンとやってやらないとね。あはははは」
「……そんなに笑わなくてもいいでしょう」
憮然とした表情で、真冬は箸を取って食事を再開した。それでもなかなか静流の笑いは収まらなかった。
「あはは、いいなあ、うん、ほんと、あなたって素敵」
「からかわれるのは、嫌いです」
「そんなんじゃないわよ。あはは、うん、わたしも今度、健くんに技でもかけてやろう」
「……技……?」
今度は真冬が眉をひそめて、静流を見つめた。静流は笑いすぎて目に浮かんだ涙をぬぐいながら頷き、ふと真顔に戻った。
「……わたしが、『この想いは捨てない』って云いきれたのは、あなたのひたむきさを見ていたからだと思うの。だから、お礼を云うのは、わたしの方よ」
「静流さん……」
「……もう、大丈夫、かな? わたしが人に訊けたことじゃないとは……思うけどね」
「……」
真冬は目をそらし、少し表情を曇らせた。けれど次の瞬間には、心配そうに覗き込んだ静流に、微笑んで見せていた。
「わかりません。……でも、あいつが好きだっていうこの気持ちは……きっともう二度と、ごまかしたり、捨てようとしたりはできないから……」
「……」
「だから、なんとかやっていくしかないと思います」
そう云って、真冬はもう一度、笑顔を浮かべた。
静流が思わず、笑い返してしまうような。
それは真冬自身気づいていなかったけれど、彼女が憧れてやまなかった、あの信の笑顔に似ていた。
そうして、彼女たちは気づく。
冬はいつか、終わっていることに。
Memories Off EX
Scenario for Mafuyu Fujimura
Episode II
"The End of Winter"
end
2002.5.15