hollow

 彼女の黒髪を覚えている。
 細い指を覚えている。
 なめらかな白い肌を。熱い吐息を。
 何もかも。
 けれど。



 昼休み、稲穂信は学校の廊下で、クラスメイトの少女が前から歩いてくることに気づいた。
 彼はいつも誰に対してもするように、片手を軽く上げて挨拶しようとして――やめた。不自然に途中まで上がった右手の拳を一瞬強く握り、すぐまた力なく下ろす。
 少女は、そんな彼の様子を不審に思うようでもない。そもそも彼女の少し不思議な色をした瞳には、信も、そしてほかの誰も映ってはいないようだ。
 少女はいつもどおり、少しうつむいて、硬い表情のままで信の横を何も云わずに通り過ぎた。銀がかった薄茶色の髪が風でわずかにそよぎ、柑橘系の香りを残した。
 信は振り返り、その後ろ姿を見つめる。
 少女の名は、双海詩音。一月ほど前に、信のクラスにやってきた転入生だ。
 誰もが目を奪われるその美貌と、物静かな態度で、たちまち彼女の人気は沸騰した。転入早々、図書委員に立候補したことも、新しい学校での生活に積極的にとけ込もうとする表れかと思われた。
 ……しかし、そんな周囲の勝手な期待と想像は、あっという間に打ち砕かれる。
 その美貌にはおよそ表情というものがなく、物静かな態度は周囲を拒絶する壁に過ぎなかった。図書委員になったことも、単に読書が趣味であることと、自分だけの世界に閉じこもれる場所を手に入れるためだったのだ。
 彼女が周りから敬遠されるようになるまで、時間はほとんどかからなかった。なまじ外見がよく、成績も悪くなかっただけに、反感を持つ人間も少なからずいた。
 しかし、どんな風評も詩音の態度を変えることはない。今日もまた、その背から感じられるのは、はっきりとした「拒絶」のみだった。
 そして、その背中がなぜか黒髪の後ろ姿とダブって見えて、信は我知らず深いため息をついた。

(俺は……真冬みたいに……強くない……)

(……なによ、それ)

 かつて自分の弱さが漏らした、取り返しのつかない一言。
 償いをしたい、その想いが間違っていたとは思わないが、自分がやったのはただ彼女を裏切り、傷つけたことだけだった。罰なんかじゃない。ただ彼女の優しさに溺れてしまうのを怖れ、逃げ出しただけだ。
 当たり前のことだが、あの事件の後、彼女は変わってしまった。黒瞳はただ虚ろな闇をたたえるだけとなり、周りの何もかもを拒む無表情の鎧をかぶった。そんな彼女を、彼女が卒業するまでの数カ月、信は為す術もなく見つめることしかできなかった。
 そして今も。詩音にあのときの彼女と同じ危うさを見出しながら、やはり何もできず、その背を見つめるだけだった。

(……当たり前だ。俺は双海の友達でもなんでもないし。俺に何かができるわけがない。そもそも――)

 欺瞞だ、と口の中で吐き捨てて、信は体を翻して歩き出した。
 三年間、ずっと抱えている後ろめたさを、彼女と似た雰囲気を持つ詩音を気遣うことでごまかそうとしている。そのことを十分自覚していたから、信はただ自己嫌悪を強めた。
 結局、俺には何もできない。償いさえ果たしていない俺には、何も――。
 予鈴の音が聞こえた。昼休みももうじき終わる。

「……ふけるか」

 信と詩音は、クラスでは隣同士だ。教室に戻れば、また詩音と顔を合わせることになる。
 今はどうしてもそのことに耐えられず、信は足を階段に向け、屋上をめざすことにした。

     *

 ドアをそっと開けて屋上に出て、信は同様にできるだけ静かにドアを閉めた。音が響いて、誰かがまだ屋上にいると教師にばれてはまずい。
 ところが、出入り口のブロックの陰から、男女の話し声が聞こえてきた。こんな時間なのに、どうやらまだ人がいたらしい。見つからないよう、信は慌てて反対の陰に隠れたのだが。

「もう戻らないとだね。ごめんよ、呼び出したりして」

「ううん、私のほうこそ、ごめんね。その、私――」

「いいから、気にしないで。謝られるほうが……ね」

「……うん、そうだね、ごめん……」

 聞こえてきた内容が興味深かったのはもちろん、どちらの声も聞き覚えのあるものだったので、ついつい聞き耳を立ててしまった。
 男のほうは西野。智也と同じく、信の悪友の一人だ。
 そして、女のほうは――。

「それじゃ、音羽さん、俺、先に戻ってるから」

 そう云って、西野は急ぎ足で屋上を出ていった。
 残された少女は、ほうと軽くため息をつく。
 音羽かおるだった。彼女もまた、つい最近信のクラスに転入してきた少女だ。詩音とは対照的に快活で誰とでも仲良く話をする彼女は、わずかな日数ですでに人気者の地位を獲得していた。
 狙っている男が多いのも知っていたが、まさかあの西野が思いきったことをするもんだ、と信が密かに感心していると、

「――で、そこにいるの、誰? 盗み聞きなんて、趣味悪いんじゃないの?」

 剣呑な調子で、かおるに声をかけられてしまった。西野は緊張のためか気づいていなかったようだが、かおるにはどうやらドアを開け閉めした音が聞こえていたらしい。

「悪い悪い。盗み聞きなんてつもりじゃなかったんだけど、タイミング悪かったみたい」

 偶然、というのは本当なのだから、信は悪びれた様子もなく、おどけた態度で姿を出した。かおるがわずかに目を丸くする。

「あちゃ、稲穂クンかぁ。これはまずったな」

「うわ、ひっどいなあ。まずったってなに!?」

「だって、稲穂クンって、口軽いでしょ?」

「それは条件と相手次第だね」

「ふーん。じゃあ、私も稲穂クンは覗き趣味があるって云い触らしちゃおっかなー」

 視線が激しくぶつかること、わずかに数秒。信は両手を合わせて、かおるに深々と頭を下げた。

「すみません、勘弁してください」

「わかればよろしい」

 腰に手を当てて、かおるがおどけた仕草でそんなことを云う。信はつい笑ってしまった。こういうところが、彼女の人気の理由なのだろう。
 かおるもつられて微笑みを浮かべていたが、本鈴が聞こえてきたので慌ててドアノブをつかんだ。

「わ、大変。早く戻ろう、稲穂クン」

「あー……俺は、いいや。ゆっくりしてく」

「ゆっくりって……」

 怪訝そうに振り向いたかおるは、ようやく信が屋上に来た意味に気づいて頷いた。呆れた様子で、軽く首を振る。

「なんでこんな時間になって屋上に来たのかと思ったら……サボる気?」

「まあ、わかりやすく云えばそうなるかな」

「どんな云い方をしても、そうなるでしょ」

 云いながらも、かおるもドアノブから手を離し、ドアに背を預けてため息をついた。信が不思議そうに首を傾げる。

「俺のことは気にしなくていいから。早く戻らないと、授業始まっちゃうよ」

「……」

「あ、まさかサボリを見過ごすことができないとか? 音羽さんって、そういうタイプじゃないと思ってたんだけど――」

「よし、決めた。私もサボっちゃおう」

「……はい?」

 予想外の返事だった。かおるは確かに堅物には見えないが、不真面目というタイプでもない。自分から授業をサボるとは思えなかった。
 そんな信の驚きにはお構いなしに、かおるは気持ちよさそうに伸びをすると、屋上に据え付けられているベンチに歩いていった。嬉しげに目を細めている。信は頭をかきながら近づき、彼女と並んでベンチに腰を下ろした。

「ほんとにいいのかい? サボっちゃって」

「先にサボろうとした人が、何云ってるの」

「俺みたいなのはいいんだよ、でもさ……」

「なあに、それ。変なの。いいか悪いかで云えば、サボリなんて誰がやったって、みんな悪いことじゃない」

 だから、悪いとわかってるなら仲間入りすることないじゃんか――そう云いかけて、信は苦笑して口をつぐんだ。これではまるで自分のほうが真面目な堅物みたいだし、それに何より。

「私、サボるのって初めて。なんかドキドキして、面白いね」

 そんなことを話ながら屈託なく笑うかおるの笑顔がとても魅力的で、もっと見ていたくなってしまったのだ。

「学校から出ると、もっとドキドキだよ。スリル満点だね」

「それはさすがにちょっと気が引けるよ」

「買い物とかできて便利だよ?」

 しばらくはそんな他愛のない話をしていた。
 話をしている内、かおるは朗らかでよく喋るが、それ以上に聞き上手であることに信は気づいた。うまく相づちを打ち、自分の考えを適宜リアクションとして返してくれるので、話も広がりやすい。
 そのせいだろうか。信はつい、こんな話題を口にしてしまった。

「音羽さんはさ、双海さんのこと、どう思う?」

「双海さん? どうって?」

「なんつーか、同じ転校生として、どう見えるかって云うか……」

「うーん……」

 腕を組んで、かおるは首を傾げた。慎重に言葉を選ぼうとするが、結局どう頑張っても、そもそも自分には双海詩音という人物を評する言葉がないことに気づいたようで、苦笑混じりに肩をすくめた。

「正直、よくわかんないかな。彼女、全然喋ってくれないし」

「……やっぱ、そうだよね」

「転校生同士、仲良くしたいって私も思ってるんだけどね。慣れない場所で、お互い助け合えることがあるんじゃないかって思ったんだけど……」

 まったくの無駄に終わった様々な努力を思い出したのか、かおるは深い深いため息をついた。思わず信も一緒になってため息を漏らしてしまったが、ふと顔を上げてみると、かおるは一転、興味津々という熟語を顔に貼り付けて信を見つめていた。

「……な、なに?」

「ふふーん、そういうこと?」

「だ、だから、なにが」

「恋に悩むあまり、こうして授業にも出ず、秋の寒空を見上げて、少年・稲穂信は嘆息するのでありました、と」

「……なんだそりゃ」

 うまくノリを合わせることもできず、信は傍目にもはっきりとわかるほど苦笑してしまった。
 確かに、そんな風に誤解されてもしょうがない切り出し方だっただろう。
 ――実際には、そんなことあり得ないのに。

「あれ、意外とこういうネタ、嫌いだった? ごめんね」

 信の表情が陰ったのにかおるも気づき、申し訳なさそうに謝ってきた。信は慌てて笑顔を浮かべて、首を振った。

「いや、別にそういうわけじゃないけど。でもさ、今、そんな話を振るのは、音羽さんにとってのほうが墓穴なんじゃないの?」

「え? どうして?」

「さっき聞いちゃった話。やっぱあれでしょ? 西野に、告白されてたんだよね?」

「……」

 む、と顔をしかめるかおる。信は重い話にならないよう、わざと軽薄に見えるようにへらへらと笑いながら言葉を続けた。

「ま、人のプライバシーに踏み込む気はないけどさ。西野も玉砕覚悟で特攻とは、意外と勇気ある奴だったんだなー」

「……どこから聞いてたのよ」

「いや、全然、最後だけだよ。でもやっぱ、音羽さんがふっちゃったんでしょ? ぶっちゃけた話」

「……まあ、そうだけど」

 視線をそらして、今度もかおるは深いため息をつく。そして、横目でじろっと信を睨んだ。

「西野クンからかったり、おもしろおかしく云い触らしたりしないでよ」

「信用ないなあ、俺。しないって」

「頼んだからね」

 眉を寄せて念を押すかおるは、西野に対して本当に申し訳なく思っていることが信にも感じられた。その誠実さに感心する反面、野次馬根性も頭をもたげてきてしまっていた。それはこうして初めて二人きりで話をする機会に恵まれて、かおるに対して以前より興味が引かれていたからかもしれない。

「理由、聞いてもいい?」

「理由?」

「そ。ふっちゃった理由」

 その言葉にはっきりと眉をひそめて、かおるは信をじっと見据えた。真意を見透かそうとするような、鋭い瞳の光。

「ちょっと趣味悪いんじゃない? プライバシーに踏み込む気はないって云わなかった?」

「そう云われると返す言葉もない。ごめん、忘れて」

 肩をすくめて、信は軽く流してこの話はもう終わりにしようとした。つい勢いで尋ねてしまったが、確かに悪趣味だし、理由を聞いたところでどうなるわけでもない。西野に対策をアドバイスするのも余計なお世話だろうし。
 けれど、かおるはそっと目を伏せて、呟いた。

「……今は、そんな気になれないだけ」

「――え?」

 なぜか。信の心臓が、とくんと一度、跳ねた。

「そんな理由にもならないことで断って、西野クンには本当、申し訳ないと思ってる。ほかに好きな人がいるとか、単純にタイプじゃないとか……そんなわかりやすい理由をあげられたらよかったんだけど」

「……」

「ただ本当に、今は恋をする気になれないの。臆病になってるのとは違うと思うんだけど……うん、今はまだ、想い出のほうが、私には――」

 そこまで口にしたところで、かおるは唇を噛んで沈黙してしまった。
 信もそれ以上、尋ねようとはしない。不用意に彼女の痛みに触れてしまったらしいという後悔と、それ以上に何か胸に迫るものがあり、信もまた言葉を失っていた。
 気まずい時間は、しかし幸いなことに、あまり長く続かなかった。かおるがすぱっと表情を切り替えて、いたずらっぽい笑顔でうつむいていた信を覗き込んできたからだ。

「私がここまで云ったんだから、次は稲穂クンの番だからね」

「……え、俺の番って?」

「そ。稲穂クンって、こう云っちゃなんだけど、まあ、割と軽そうだし」

「……否定できないのがつらいところだな」

「こんな風に、話もしやすいしさ。それなりにもてるんじゃないの?」

「お、嬉しいこと云ってくれるねえ。やっぱわかる人にはわかる……」

「でも、見た感じ、さっぱり女っ気なさそうなんだよねえ」

「……」

 鼻高々になったのも束の間、がっくりと信は肩を落とした。かおるは悪意もなくケラケラと笑ったあと、微笑んだままで首を傾げた。

「それが不思議。その気になれば、彼女だってすぐできそうなのに。もしかして、すっごい理想が高いとか?」

「いや、そういうんじゃなくて……」

 曖昧に口ごもりながら、信はまた彼女のことを思い出してしまっていた。
 理想が高い。そう云われればそうなのかもしれない。彼女の鮮烈さは三年経った今でも胸に焼き付き、色褪せることはない。しかし。

「うん……俺も、音羽さんと同じなんだと思う」

「同じ……って?」

「今は恋をする気になれないって奴さ」

「……」

 かおるの表情が引き締まる。わずかに細めた眼でじっと見つめてくる視線を感じながら、信は薄く微笑んで、空を見上げた。

「そう……誰かを好きになるなんて、そんなの……」

 さっきのかおると同じように、そこまでで口を閉ざしてしまう。
 今度は信も軽薄に笑い飛ばすこともできず、再び沈黙が訪れた。
 その沈黙を破ったのは、今回もやはりかおるのほうからだったが、その声の調子はさっきとは打って変わって、重くためらいがちなものだった。

「ねえ、稲穂クン……」

「ん?」

 信は明るい笑顔を作って、かおるに向き直る。けれど、かおるはやはり真剣な表情のままで、言葉を探していた。

「こんなこと、云っていいのかどうか、わからないんだけど……」

「……?」

「私には――ちょっと、違って見えるよ」

「違うって……?」

 聞き返す声がわずかにうわずっていることに、信自身も気づいていた。思わず握りしめた拳に、汗がにじんでくる。肌寒いほどの秋風が吹いているのに、体の内から熱がこみ上げてくるようだった。
 かおるはためらいを繰り返した挙げ句、顔を上げて、信の眼をまっすぐに見つめて、云った。

「私には、稲穂クンは『恋をする気がない』んじゃなくて、『恋をしちゃいけない』って自分に云い聞かせてるみたいに見える」

「――」

 信の眼が大きく見開かれる。そうして、つい絶句してしまった自分も、真剣すぎる表情のかおるも、この状況そのものを軽く笑い飛ばそうとして。

「……はっ……」

 苦笑ともため息ともつかない息を漏らすだけに終わってしまった。
 信はかおるから目をそらして、地に視線を落とした。
 こんな簡単に見透かされるなんて、情けないったらない。自嘲気味の笑みが、口元を歪めた。
 かおるもまた気まずげに目を伏せて、呟いた。

「……ごめん、変なこと云って」

「いや、いいよ。たぶん当たってるし」

「……」

「……俺は、空っぽなんだよ」

「……え?」

 かおるが振り向いても、信は顔を上げない。組んだ手に顎を乗せて、空をじっと見つめる暗い瞳の色は、かおるが知るはずがなかったが、あの雨の日と同じものだった。

「俺には、何もない。何もできない。……だから、恋なんてできない」

「稲穂クン……」

 かおるは眉をひそめて、しばし信の横顔を見守った。しかし、信がもうそれ以上話す気がないとわかると、大きくため息をついて頭を振った。

「……あんまり好きじゃないな、そういう自虐的なのって」

「ははっ、ごめんごめん、ヘタレてるよなあ、俺ってほんとに」

 信はすぐにいつもの調子を取り戻して、軽薄そうに笑う。かおるが下手に同情を見せて慰めてきたり、それ以上踏み込んで事情を聞こうとしてきたりしないことに内心、感謝しつつ。
 そのとき、五時限目の終了を知らせる鐘が聞こえてきた。

「お、やっとひとつ終わったか」

「……って、稲穂クン、午後は全部さぼる気なの?」

「今更戻ってもしょうがないだろー」

 やれやれ、という様子でかおるは肩をすくめると、立ちあがった。

「私は戻るよ。まだまだ初心者だからね」

「うむ、精進したまえ」

「はいはい、ご指導よろしくお願いしますよ、先輩」

 笑いながら手を振って、かおるはドアのほうへ歩いていった。信はそれに背を向けたまま、軽く手を挙げて答える。
 かおるはそのままドアを開けて屋上を出ようとしたところで動きを止め、またドアを閉めて振り返った。

「ねえ、稲穂クン」

「ん? サボリ第二講習に入る気になった?」

「じゃなくて」

 苦笑するかおる。そして。

「さっきは違うって云ったけど、私たち、やっぱり似てるのかも」

「――え?」

 信が振り向いたとき、かおるはもう笑っていた。だから、刹那、見せた彼女のあまりに真剣な眼差しに、信は気づくことができなかった。

「結局、理由を探してるだけで。臆病なだけなのかもしれないなって」

「……」

「そんなの吹き飛ばしてくれるような、映画みたいな出逢いがあるといいね、お互いに。それじゃ」

 手を振って、今度こそかおるは屋上を出て行った。
 信はしばらくその去った後をぼうっと見つめていたが、やがて大きくため息をつくと、ベンチに寝転がって空を見上げた。
 秋の空は澄んでいて、とても高い。

「理由を探してるだけ……か」

 その通りかもしれない。
 許されない理由。償わなければいけない理由。……愛されてはいけない理由。
 ずっとそんなものばかり探していた。大切な人を傷つけてまで。

「だけど――それでも、俺は」

 両手を挙げて、顔を覆う。
 こんなにも空は蒼く澄んで晴れ渡っているのに。
 雨はまだ降り続いている。俺にも、あいつにも、彼女の心にも、きっと。

     *

 放課後になって、信はようやく屋上を後にした。鞄を取りに行くため、教室へ足を運んだところ、人の話し声が聞こえた。どうやら智也のようだ。
 なんとなく今は顔を合わせづらい気がする、もう今日はこのまま帰っちまおうか、と考えつつ信が入り口の隙間から教室を覗くと、驚いたことに智也の話し相手は詩音だった。談笑、とはさすがにいかないが、それでもいつもよりずっと表情があって、少し微笑んでさえいるようだった。

(……へえ、あんな顔するんだ)

 ますます入りづらくなって、結局、信はそのまま踵を返した。
 何かに追い立てられるように、――何かから必死に逃れようとするように、足早に校舎を出て行く。
 これまで頑なに思い詰めていたものが動き、何か新しい想いが生まれようとしていた。けれど、信がそのことに気づくには、まだそのときは早すぎた。


to be continued...



2005.12.7


あとがき

やっちゃったタイトル前編。後編はもちろんアレです(^^ゞ。「冬物語」本編は「stay night」かな(をい)。
中身的にはむしろ高橋洋子「You are the one !」にインスパイアされておるのですが。
真冬はずっと信を想っていて、信に囚われていたんだけど、じゃあ信のほうはどうだったのよ?というのは、一度ちゃんと書かないといけないんじゃないかなーと思っていました。詩音のことを好きだと自覚するまで、真冬のことをどう考えていたのか、詩音を好きになっている自分をどう整理して受け入れたのか、とか。今さらですがそういうことを前後編で描けるといいなーと思っています。
ご感想などいただければ、幸いですm(__)m。

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