緋のデスサイズ

−前編−

 その日、あたしはガチガチに緊張していた。
 もちろん、ハンターズとして初めてラグオル地表に降りる日だった、ということもある。訓練は十分に積んだとはいえ、地表には謎の怪生物――有り体に云えばモンスターだ――がうようよしてるって話だし、そもそもパイオニア1に何が起こったのか、まだなんにもわかってはいないのだ。
 けれど、あたしが緊張してる――いや、正直に云おう、ビビってる本当の理由は、今、隣にいるひとのせいだ。これから共に命を預けて、死地に降りていかなければいけないはずのパーティメンバーが、あたしには何より怖かった。
 さっきから何度も繰り返しているように、あたしはまた、そっと横目で彼女を伺ってみた。
 彼女の職業はフォースだ。種族はヒューマン。だから、彼女はフォマールということになる。
 ちなみにあたしはニューマンのハンター、ハニュエール。ニューマンってのは、説明不要だと思うけど、科学技術の結果生み出された人工生命体みたいなものだ。でも、それはあくまで起源の話であって、今では普通に親から子が生まれてくる。未だに根強い差別もないわけじゃないけど、それなりにうまくやってるし、ヒューマンとニューマンの結婚だって少ない訳じゃない。
 ……話がそれた。
 それついでに云うと、ニューマンはやはりもとが人工物のせいか、それなりに美形が多い。自分で云うのもなんだけどね。
 だけど、今、隣にいる彼女は、あたしなんて全然かすんでしまうような美貌の持ち主だった。ううん、単に綺麗というだけじゃない、なんというか、圧倒的な存在感を持っていたのだ。
 やや暗い赤の衣装に身を包み、服と同じような色の髪をしている。華美ではないけれど、やはり艶やかとしか云いようがないその姿に少し気後れしながら、あたしは挨拶した。
 それに対して、彼女はあたしを興味なげに一瞥したあと、たった一言だけ名乗った。

「ルルージュです」

 瞬間、あたしはぽかんと、バカみたいに口を開けていただろう。彼女の名前が意味するものが理解されるのに、たっぷり五秒はかかった。
 ルルージュ! このひとが緋の蠍のルルージュ!?
 あたしみたいな新米ハンターでも、その名前は知っていた。
 フォースでありながら、禍々しい大鎌を愛用し、その戦いぶりは苛烈にして残虐。ある人は彼女には一片の慈悲もなく、むしろモンスターに同情したくなると云い、ある人は彼女の緋の装束は返り血が染みついたものだと云う。
 魔女とも死神とも恐れられる最悪のフォマール。そんなひとのいるチームに、あたしみたいな素人がのこのこ現れるなんて!
 このとき、さっさと尻尾を巻いて逃げ出してしまえばよかったのかもしれない。
 だけど、それはあたしのプライドが許さなかった――訳じゃなくて、あたしは文字どおり固まってしまって、動けなくなっていたのだ。
 そんなあたしを、彼女はそのあとずっと、完璧に無視し続けていた。追い返す訳でもなく、地表へ向かう訳でもない。ただあたしがここに来たときと全く同じ姿勢で、端然と立っていた。
 しばらくしてやっとあたしの金縛りも解けたけれど、彼女の様子に変化はない。あたしが落ち着くのを待っていてくれた、なんて期待はしてなかったけど、このまま突っ立っていてもしょうがないだろう。
 あたしは一生分の勇気を振り絞るつもりで、彼女に声をかけた。

「あの……」

「……」

「えっと……降りないんですか? 地表に……」

 彼女はやはりあたしのほうを見ようともしない。ただ姿勢もそのままに、口を開いた。

「死にたければ、お先にどうぞ」

 ハスキーないい声……なんて、感動してる場合じゃなかった。とりつく島がない、とはまさにこのことだ。
 ひょっとして、今のは遠回し(でもないか)に「帰れ」と云われてるんだろうか。
 あたしはがっくりと肩を落としたが、意外にも、彼女の言葉には続きがあった。

「あと一人はいないと、危険です」

 あたしは恐怖も忘れて、思わずまじまじと彼女の横顔を見つめてしまった。
 正直、意外だった。「緋の蠍のルルージュ」にはどうしても孤高のイメージが強く、パーティを重視しているとは予想だにしなかったからだ。
 ということは、彼女はメンバーが集まるのを待っているのだろうか。
 でも、申し訳ないけど、彼女の名前を見てわざわざこのチームにやってくる人がいるとは思えない。
 そう、普通はチームのメンバーを確認してから参加するものなのだ。……あたし? あたしは初めてだったから、ついうっかりして……。
 と、そのとき。シティ中枢からの転送装置の作動音がした。
 え? 誰か来た?

「お待たせしました〜」

 おっとりした声が響き、ギルド内の転送装置から駆けてくる人影が見えた。
 涼しげな青い服に、青い髪。彼女もフォーマルだった。
 その姿を認めると、ルルージュは返事もせず(もちろん、あたしに声をかけることもなく)、地表への転送装置に向かって歩き出した。慌てて後を追ったあたしも含めて、三人は転送装置前で合流を果たした。

「ごめんね〜、ルルージュ、遅くなって」

「あなたのルーズさには、もういい加減、慣らされましたわ」

「ごめんってば〜。……あら?」

 ころころと鈴を鳴らすように笑う彼女は、呆気にとられているあたしに、やっと気がついた。

「今日は可愛い子が一緒なのね〜。珍しいじゃない。嬉しいな〜、私」

「間違って迷い込んだんでしょう」

 ……図星だ。

「そういうこと云うものじゃないわよ、ルルージュ〜。はじめまして、私は千鳥。よろしくね〜」

 腰をかがめ気味にして、千鳥と名乗った彼女は、満面の笑顔で挨拶してくれた。ニューマンにしては背の低いあたしは、そうしてもらってやっと視線が同じ高さになる。この二人が、ヒューマンの女性にしては背が高いというのもあるけど……。
 それにしても。これまでの会話からすると、この二人は顔なじみどころか、いつも一緒にパーティを組んでいるらしい。あのルルージュに相棒がいるということだけでも驚きだったが、それがこんな天真爛漫な女性だということがまた信じられなかった。

「は、はい、はじめまして。北都です、よろしくお願いします」

 あたしがついしどろもどろになってしまうのを、千鳥は不思議そうに首を傾げて見た。そして、またしても顔中を笑顔にして見せた。

「あ、そっか〜。初めてなんだね、今日が。大丈夫だよ〜、そんなに緊張しなくても」

 頭をぐりぐりと撫でられそうな勢いだった。あたしは緊張している本当の理由を言い当てられなかったことにほっとしつつ、頷き返した。

「はいっ。頑張りますっ」

「だから〜、気楽に行こう〜」

「……行きますわよ」

 あたしと千鳥の会話に痺れを切らしたのか、ルルージュが先に立って転送装置へ向かった。もっとも、彼女の氷のような表情からは、なんの変化も読みとれなかったんだけれど。

「あ〜、待ってよ、ルルージュったら〜。じゃ、行こうか、北都ちゃん」

「は、はいっ」

「もう〜、固いなあ〜」

 そうして、あたしはハンターとして初めての一歩を、踏み出したのだ。見知らぬ世界への期待より、パーティメンバーへの不安で胸をドキドキさせながら。

     *

 まず濃密な大気の匂いに、むせかえる思いだった。
 宇宙船内に擬似的に作られた自然とは、明らかに違う。吹き渡る風、生い茂る緑、まといつく湿気――、それらが、自分は生きた惑星の上にいるんだと、実感させてくれた。
 唯一残念なのは、辺りの風景が毒々しいほどの色鮮やかさを持っていたことだろうか。やはり生態系が侵されているのかも知れない。

「北都ちゃん、準備はい〜い?」

「は、はいっ」

 いかにも物珍しそうにきょろきょろしているように見られただろうか。千鳥の声にあたしは慌てて装備を確認した。
 そうだ、ぼんやりしている暇はない。今のパーティは、フォース二人にハンター一人。この場合、ハンターが前衛を勤めるのが当然だ――つまり、このあたしが。
 緊張で手が震えるのを見つかりませんように、見つかっても怖がっていると思われませんように……そんなことを考えつつ、あたしは新品のハンドガンを構えた。訓練の成果では、セイバーやソードより、あたしにはこっちのほうが相性がいいみたい。……だけど、前衛には不向きな武器だったろうか?

「あ〜、北都ちゃん、ハンドガンなんだ、よかった〜」

 え? よかった?

「どんな敵が相手でも、囲まれないように気をつけるのがいちばん大事だからね〜。そのことに注意して、援護よろしくね〜」

 え? え? 援護?
 そこでようやく、あたしは彼女たちの装備に気がついた。
 ルルージュは、噂通りの大鎌を携えている。見た目にも恐ろしげな装飾だ。ソウルイーター、というらしい。使うものの命までも削り取る魔性の武器、と云われている。
 一方、千鳥が持っている武器は、ただのセイバーに思えた。……柄の両端から、フォトンの刃が出ていることを除けば。

「……ダブルセイバー!?」

「そう〜、お気に入りなの、これ〜」

 云いながら、千鳥は軽くダブルセイバーを振り回した。ルルージュがうっとうしそうにそれを避けつつ、前へ踏み出す。

「来ましたわ」

 その視線の先には、鮫のように大きく裂けた口と、熊のような体躯のモンスターがいた。あたしは訓練で得た知識を引っ張り出す。確かブーマとか呼ばれている奴だ。
 あんな太い腕で殴られたら、ひとたまりもないんじゃないか……そんな戦慄とは無縁なように、二人のフォースは軽やかに進み出た。

「じゃあ、行くよ〜」

 まさに舞でも舞うように軽やかな仕草で、千鳥がダブルセイバーを振るう。美しく弧を描くフォトンの輝きが、無情にもモンスターたちにダメージを与えていくのが嘘のようだ。
 そして、ルルージュは。

「――!」

 空気を裂く唸り声を発して、ソウルイーターが振られる。それは文字どおり、その軌跡にある命を刈り取る死神の鎌だった。彼女の何倍も質量がありそうなブーマたちが、たちまち倒れ伏していく。
 千鳥の戦う姿は華麗だったが、ルルージュのそれは……美しかったけれど、やはり、怖かった。
 その面からは相変わらず表情は読みとれない。ただ、かすかに頬が紅潮しているように見える。モンスターに刃を叩きつけるような戦いぶりは、静かな狂戦士を思わせた。
 噂は、本当なのかも知れない。
 あたしはそう思った。だけど。
 彼女の戦い方は確かに怖かったけれど、それと同時に……なぜか、胸が切なくなった。
 的外れなことを云ってる、というのはわかってる。でも本当に、鬼気迫るその姿は張りつめた糸のようで、心に迫るものがあったのだ。

「……北都ちゃん?」

「は……はい?」

 名前を呼ばれて気がつくと、二人は少し離れたところに立っていた。もうこの一帯にモンスターの影はない。あたしは慌てて二人のいる場所に駆け寄った。

「大丈夫? びっくりしちゃった?」

「いえ、その、大丈夫です」

 千鳥が心配そうに眉を寄せて、あたしの顔を覗き込んでくる。
 二人の戦う姿をぼーっと見ていたとは云えず、あたしは顔を赤くしてうつむくばかりだった。
 けれど、そんなことはこの赤い魔女にはお見通しだったようだ。

「見ているだけでは、強くなりませんわ」

 吐き捨てるでもなく、嫌みでもなく、助言でもなく……本当にただの独り言のように、ルルージュは呟いた。だから余計に、ぐさぐさっ、と、その言葉は心臓に突き刺さった。

「まあ、最初はしょうがないよね〜。私たちが調子に乗って進み過ぎちゃったし。次からは当てていこうね〜」

 やはりこちらも相変わらずニコニコと、千鳥がフォローを入れてくれる。あたしはただ赤面して頷くだけだった。
 こうして、あたしの初陣は、「前衛」のフォースに守られて、全くの役立たずで終わった。

     *

 パイオニア2に戻ったときは、疲労困憊の極みだった。
 もちろん、あたし一人だけだ。ルルージュも千鳥も、涼しい顔をしている。千鳥が帽子の歪みを気にしているぐらいだ。

「お疲れさま〜。どうだった? 楽しかった?」

 帽子に手を当てて直しながら、千鳥が聞いてくる。あたしたちの目的を考えれば、楽しかったかはないだろうと思ったが、つまらない突っ込みはやめておいた。

「はい、お世話になりました」

 それは間違いなかったので、あたしは素直に深々と頭を下げた。

「いいんだよ〜、気にしないで。最初はみんなそうだからね〜」

 そうなのだろうか。千鳥はともかく、新米のルルージュがラッピー一匹にあたふたしている姿なんて、想像もつかない。
 そんな疑問を抱いて視線を向けてみたが、やはりルルージュは端然と佇むのみで、無駄な口は挟まなかった。

「じゃあ、これからも頑張ってね〜。今日はほんとにありがとう」

 対照的に終始友好的な千鳥は、あたしの手を握って、解散の挨拶を告げた。
 あたしは彼女の顔を見つめ、そして、ルルージュの横顔を見やった。
 そして、思わず――自分でもあとになって不思議だったが――こう云っていた。

「あの……また、ご一緒させていただいて、いいですか?」

 自分で云ってから、本気でびっくりする。
 今日はたまたま迷い込んだ、ということで混ぜてもらったが、次回からも同行させてもらえるとは思えない。彼女たちにしてみれば、あたしなんかと一緒に回ったって、足手まといにこそなれ、メリットはないだろう。
 そう思ったから、千鳥の返事はあたしには信じられなかった。

「うん、もちろん。楽しみにしてるね〜」

 なんの迷いもなく、笑顔のままで彼女はこう答えたのだ。
 そして、それより遙かにあたしを驚かせたのが――。

「ね、ルルージュ。また一緒できるといいよね〜」

「ご随意に」

 その一言だった。
 あたしはまたしても、ルルージュの横顔をまじまじと見つめてしまった。
 失礼は、承知していたけれど。
 だけどルルージュは、結局、最後まであたしのほうなんて見ようとはしなかったのだ。

     *

 ……そうして、あたしは、パイオニア2でもかなりレアなギルドカードをもらうことができた。
 ひょっとしたらこれって、どんなレア武器より、力強いものなのかも知れない。これを見せれば、誰でもすぐに逃げ出すだろう。
 ……悪評も、ついてくるかもしれないけど。
 その考えが、なんだかすごく楽しいものに思えて、あたしはその夜はぐっすり眠れた。
 千鳥に聞かれた言葉を思い出す。
 楽しかったか? そうね、楽しかったかも……。


to be continued...


2001.9.8

あとがき

ちょっと早いですが、ぬいさんお誕生日記念SSとして書かせていただきました。ぬいさんに捧げますm(__)m。
登場キャラはみんな実在の人物です。……実在、というと変ですが(^^ゞ。
北都ちゃんはぬいさん、千鳥はBanGさん、そしてルルージュは私のキャラです。最近はよくこの3人で冒険してます。……チャットしてます、というほうが正しいかも(^^ゞ。
もちろん、性格設定は私が勝手にやっています。イメージと違ったらごめんなさいm(__)m>ぬいさん、BanGさん。
ちなみにもうひとつ云うと、実際にはこの3人の中では北都ちゃんがいちばんレベル高くて、ルルージュがいちばんへぼへぼです(^^ゞ。よくもまあ恥ずかしげもなく、こんな設定にできたな(^^ゞ。
意外に長めのシリーズになる、かも、しれません。
ご感想など、いただければ幸いですm(__)m。

追記
私が部屋作ってるときは、だいたいSHIP9〜10のBLOCK8〜10、「八神家書斎別宅」パスワードは「koyomi」が多いです。よろしくね(^^)/。

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