「やぁぁぁぁぁっ!!」
気合いと共に、あたしはハンドガンの引き金を引いた。フォトンの銃弾がブーマの体に叩き込まれ、耳障りな悲鳴を上げながらそいつは倒れた。
あたしはほっと息をつき、額の汗をぬぐう。このエリアにいたモンスターはあれが最後のはずだ。
「お疲れさま〜。だいぶ強くなったね〜、北都ちゃん」
千鳥がやはり今日もニコニコとして、あたしに回復テクニック・レスタをかけてくれる。
「ありがとうございます。でも、まだまだです、あたしなんて」
お世辞でも褒められて嬉しかったから、笑顔であたしは頭を下げた。
でも、そんな気分は、たいてい一瞬で終わってしまうのだ。
「本当、まだまだですわ」
場の気温が、一気に二〜三度下がった気がする。
恐る恐る目を向けると、緋の装束のフォマールは大鎌を肩にかけ、やはり端然と立っていた。
「声をあげたところで、命中率が上がる訳でも、攻撃力が上がる訳でもありません。騒々しいだけですわ」
「……すみません」
「もう〜、ルルージュったら〜。気合いって大事でしょう?」
「冷静でいるほうが大切ですわ」
確かに、あたしがつい声をあげてしまうのは、未だにモンスターと向き合うと、恐怖が先に立つからかもしれない。震える手を押さえるために、自分で自分に渇を入れているのだ。
でも、そんなんじゃ、目の前の敵しか見えなくなる。事実、これまで何度も後ろがお留守になって、死にそうな目にあった。
だから、まず何よりバトルに慣れて、冷静さを保てるようになること。それが重要なんだ。
そうわかっていたから、ルルージュの言葉自体には、あたしは傷つかなかった。
ただ少し悲しかったのは、相変わらず彼女は、あたしのほうを見ようともしないということだった。
こうして一緒にパーティを組むのも、もう五回目になる。談笑するほど打ち解けるのを期待してはいないけど(そもそも千鳥とさえルルージュは必要以上にあまり喋らない)、目を見て話すぐらいしてくれてもいいのに。
やっぱりあたしはお荷物で、迷惑だって思われてるんだろうか。もう来ないほうがいいのかな。
「……北都ちゃん?」
「え……あっ……」
気がつくと、すぐそばで千鳥が心配そうにあたしの顔を覗き込んでいた。
あたしは無理矢理笑顔を浮かべて、顔を上げた。
「ご、ごめんなさい、ぼーっとしちゃって。さ、行きましょう」
「……」
「……」
ルルージュと千鳥が、顔を見合わせる。千鳥がほんの少し困ったような、悲しそうな表情をしているような気がした。
「帰りましょうか」
そう呟くと、あたしたちの返事も待たずにルルージュはリューカーを唱え、シティへの転移ゲートを作った。さっさと中へ入ってしまうルルージュ。
やむを得ず、あたしたちもシティへ戻ることにした。
もうこれでお別れだと、宣告されたような思いがした。
*
シティへ戻ると、もうルルージュの姿はなかった。居住区へすぐに帰ってしまったらしい。
挨拶もさせてもらえないなんて。あたしは小さくため息をついて、せめて千鳥に頭を下げた。
「ありがとうございました。いっぱい、お世話になって……嬉しかったです」
「え? 北都ちゃん……」
「それじゃ……」
「あ、ちょ、ちょっと待ってよ〜、北都ちゃんってば〜」
踵を返そうとしたあたしの腕を慌てて掴んで、千鳥が引き留めた。
あたしはびっくりして振り返り、千鳥の顔を見てもう一度びっくりした。
彼女は、目に涙を浮かべていたからだ。
「ど、どうしたんですか?」
「怒っちゃった? 北都ちゃん」
「え……?」
怒る? あたしが? 何を?
「ルルージュはいつもああだから、怒っちゃうのも無理ないんだけどね〜。でもね、悪気がある訳じゃないのよ〜、あれでも。ただ、口が悪いっていうか〜、人の気持ちにお構いなしっていうか〜、物の言い方を知らないっていうか〜」
「……千鳥さん、フォローになってないです」
彼女が一所懸命なのはわかったが、あたしはつい笑ってしまった。
でも、その笑顔で千鳥も安心してくれたのか、やっといつものような笑顔を見せた。
「あはは、そうだね〜。ほんと、フォローしづらいコなんだ、あのコは〜」
……ルルージュを「あのコ」呼ばわりできるこの人は、やっぱり大物なんだな、きっと。なんたってルルージュのパートナーなんだもの。
それに引き替え、あたしはなんなんだろ。
「北都ちゃん?」
また暗い顔になってしまったあたしに、千鳥は小首を傾げた。
あたしは精一杯卑屈にならないよう気をつけながら、苦い笑みを浮かべた。
「怒ったりしません。ルルージュさんの云ったこと、全部、ほんとだし」
「北都ちゃん……」
「だから、もう……あたしみたいな足手まといが、つきまとったら……迷惑だと思って……」
ダメだ。泣きそうになる。これ以上、みっともないところを見せたくない。
あたしは振り返って、その場を走って逃れようとした。
けれど、後ろからふわっと暖かくて、柔らかいものに抱き留められてしまった。
「え……」
あたしを抱きしめた千鳥は、優しい声で、囁いた。
「迷惑だったら、一緒に冒険したりしないよ〜」
「千鳥さん……」
「ルルージュじゃないけど、云わせてもらっちゃう。北都ちゃん、甘過ぎだよ〜。ハンターズをなめちゃいけないな〜」
「え……」
抱きしめられた体勢のまま、あたしは首を後ろにそらせて千鳥の顔を見上げた。千鳥は優しげに、微笑んでいる。母親って、こんな感じなんだろうか?
「命がけなんだから、ハンターズは〜。信用できない人とは、絶対に組めないよ〜」
「千鳥さん……」
「そしてね……そのことは、ルルージュがいちばんよく知ってるの……」
「え……」
慈母のような笑みが、一瞬、深い悲嘆に彩られる。でも、それは本当に一刹那のことで、すぐに千鳥はいつものように、明るく、太陽のように微笑んでいた。
「だから、ルルージュはきついこと云うんだよ〜。わかってあげて。ね」
「……はい」
「うん」
よくできました、という感じであたしの頭をぐりぐりと撫でて、千鳥は体を離した。ぬくもりが遠ざかるのが、ちょっと残念な気がする。
「また一緒に、回ってくれるよね〜?」
その言葉に、またしてもあたしは泣きそうになってしまったので、思いっきり頭を下げた。
「ご迷惑じゃなければ、よろしくお願いします」
「もう〜、迷惑じゃないって何度も云ってるのに〜。あ、そうだ、ついでにその丁寧な喋り方もやめようね〜。他人行儀じゃない〜」
「え、でも……」
「いいから〜」
「……はい」
「じゃないでしょう〜?」
「……うん」
「よくできました〜」
またぐりぐりと頭を撫でられる。やっぱりさっきのはそういう意図だったんだ。
でも、不思議と子供扱いされてるとか、そんな感じじゃなかった。きっと千鳥流の親愛表現なんだろう。
ひょっとして、ルルージュもやられたことあるんだろうか? 想像しただけで、あたしは吹き出してしまった。
訝しげな顔をする千鳥に首を振り、あたしは今日やっと、心から笑うことができた。
「もっともっと頑張って、強くなるね、あたし。いつまでもフォースに前衛やってもらってる訳にいかないし」
「その意気だよ〜。でも、私たちは好きで前衛やってるから、その点は気にしないでね〜」
「え、そうなの?」
フォース二人組のチームだったから、やむなく前衛も兼ねているのだと思っていた。云われてみれば、この二人は最低限のテクニックしか使用しない。自ら望んで敵中に突っ込んでいく感じだ。
「でも、どうしてそんな危険なことを?」
あたしなんかが心配するのはおこがましいとわかっているけど、フォースはやはり体力も防御力も低いから、肉弾戦はリスクが大きいはずだ。避けられる状況なら、避けるべきなんじゃないだろうか。
そう尋ねると、千鳥はまた少し悲しそうにうつむいた。
「これは私の勝手な推測なんだけど……」
「……?」
「ルルージュは……自分を危険な場所に置くことを、罰だって、思ってるのかも知れない……」
「罰……?」
「……」
「どういう……こと?」
けれど千鳥は、それ以上は答えてはくれなかった。ただ悲しげな微笑みのまま、小さく首を振った。
「これ以上は、私からは云えないな〜。いつか、ルルージュが話してくれるといいね〜」
「……そうだね」
そんな日が来ることは、正直、想像できなかったが……プライベートなことを、本人の知らないところで詮索するのは気が引けた。
おそらくそれが、ルルージュの戦い方の理由なんだろう。彼女をあれほど激しく、強くさせる支え、そして同時に、危ういほど脆くさせる何か……。
ところで。
「じゃあ……千鳥は?」
「え? 私?」
「そう。千鳥が前衛をやってる理由……それも内緒?」
「ああ〜」
にっこりと子供のような笑顔を浮かべる千鳥。
「私は、それが性に合ってるから〜」
……誤魔化しているようには、聞こえなかった。
*
それでもやはり、その日、転送装置に入るのは勇気がいった。
千鳥はああ云ってくれたけど、ルルージュが本当のところ、どう思ってるのかはわからない。性懲りもなくまた来た、と思われたらどうしよう。
……だけど、自分でも不思議なのは、どうしてあたしはこんなに、彼女たちと一緒にいたいと思ってるんだろうってことだ。もうパーティは組めない、と考えたとき、泣きそうになったのはなぜなんだろう。
そりゃ千鳥はよくしてくれるけど、ルルージュの冷たさは、差し引きしても十分マイナスだ。……あたしってマゾ?
よくわかんないけど、なぜだか、あたしは彼女たちから――もっと正確に云えばルルージュから、目が離せなくなっていたのだ。彼女が本当は何と戦っているのか、あたしは知りたい。
その理解不能な感覚に後押しされて、あたしは居住区からシティへやってきた。
そこにはいつも通り、緋の装束の魔女が、端然と立っていた。
「……こんにちは」
側まで歩み寄り、挨拶する。いつものことだから、もう返事も期待しない。
ところが、この日は違った。
「遅いですわ」
「……えっ?」
思い切りよく、顔を上げてしまう。ついとそらされたが、先ほどの一瞬、ルルージュはあたしのほうを見てはいなかったか?
「千鳥の悪い影響があるんじゃありませんこと。ルーズな方は、ひとりで十分ですわ」
「は……ご……ごめんなさい」
云いながら、あたしは今度も彼女の横顔をまじまじと見つめてしまった。
「遅い」と怒られるということは、あたしを待っていてくれたんだろうか? そう考えていいのかな?
気を引き締めようと努力したけど、顔がほころんでしまうのを、どうしようもなかった。ルルージュはそんなあたしを気味悪がるでもなく、もちろん笑顔を返してくれるでもなく、やっぱりいつも通り佇んでいた。
このとき、あたしは浮かれすぎてしまったのかも知れない。ついつい調子に乗って、口数が多くなってしまった。
「今日はご迷惑かけないように、頑張りますね!」
「……」
「私も早くお二人みたいに強くなりたいなあ。どうすればルルージュさんみたいに強くなれるんでしょう」
「……」
これまで、どんな状況でも、ルルージュの表情が変わることはなかった。常に少し愁いを含んだような、物憂げな様子。それがあたしの知るルルージュのすべてだった。
だけど、このとき。あたしの不用意な一言が、初めてルルージュに変化を与えた。
彼女は、笑ったのだ。
笑ったのだと……思う。
ただその笑みはあまりに……あまりに怖くて、あたしは歯の根が合わなくなった。噂通りの「緋の蠍」が、そこにいた。
「骨が軋むほど、誰かを憎いと思ったことがあって?」
「……え……?」
「私は、この惑星で動いているものすべてが憎い。根絶やしにしてやりたいと思っていますわ」
「ルルージュ……」
だから、戦える。ためらいなく自らを死地にさらし、命を刈り取ることを喜びにできる。彼女はそう云いたいのだろうか。
再び表情を消して静かに立つ彼女は、暗い炎に身を包んでいるように見えた。
「お待たせしました〜」
凍り付いた空気を、聞き慣れたのどかな声が破ってくれる。このときほど、千鳥の存在に感謝したことはなかった。
ルルージュは例のごとく、黙ってラグオルへの転送装置に向かって歩き出す。
あたしはその後ろ姿を追いながら、さっきのルルージュの言葉を、その様子を思い出していた。
憎しみが、彼女を動かすすべてなのだろうか。
違う。
理由はないけど、そう確信できた。彼女は憎しみで自分を鎧うことで、何かを守ろうとしている。
あたしはその「何か」が知りたい。彼女が死神の鎌を振るい続けるその理由を、あたしはどうしても知りたかった――。
あとがき
あははーっ、前後編では収まりませんでしたー。
そのくせ、ルルージュの出番ほとんどないし。不憫だ(^^ゞ。
今回はまったりとしましたが、次回は怒濤のアクション巨編!……になると、いいな。果たして私にアクション書けるのだろうか(^^ゞ。
ご感想など、いただければ幸いですm(__)m。