その名はルージュ

−前編−


     1

「お待たせしました〜」

 相変わらずおっとりした、千鳥の声が響く。
 変わらないその声が、今日は本当に嬉しかった。
 ドラゴンと戦い、ルルージュをかばって重傷を負った千鳥。長らく入院生活を送っていた彼女がやっと退院し、今日は記念すべき再出発第一日目だったのだ。
 もう一度、三人でラグオルに降りられること。ううん、こうしてまた三人一緒に揃うことができたってことが何より嬉しくて、あたしは大きく手を振りながら振り返った。

「千鳥、おっそーい! ……って……」

 張り上げようとした声が尻窄みになり、目が点になる。ルルージュさえ、少し表情が変わったように思えた。

「ん〜? どうしたの〜?」

 ニコニコと微笑む千鳥の笑顔は、以前と全く変わらなかったんだけど……。
 服が、違った。
 ルルージュと云えば「緋色」であるように、千鳥には「青」のイメージがあった。だけど、今、あたしたちの目の前にいる千鳥は、純白のコスチュームを身に着けていた。髪まで白く染めている。

「千鳥……そのカッコ……」

「あ〜これ〜。うん、せっかくだからね〜、イメチェンしてみたんだよ〜。似合う〜?」

 屈託のない様子で、千鳥は首を軽く傾げた。
 正直、ちょっと残念だった。千鳥には青がとても似合っていたし、実はあたし自身も青系統の衣装に青い髪だったからだ。お揃いのような気分だったのだけれど。
 でも、こうして見ると、白い衣装も彼女にはすごく映えた。文字通り、天使がそこに降りたみたいだった。

「うん、すっごくいいよ!」

「えへへ〜、ありがと〜。ルルージュは〜?」

 そう云って、千鳥はルルージュに目を向けた。あたしもルルージュの顔を見上げて――驚いた。
 ルルージュは、いつも以上に眉間にしわを寄せて、千鳥を睨むような視線で見ている。わかりやすく云えば、非常に不機嫌に見えた。ルルージュがそんな風に感情を露わにするなんて、そうそうお目にかかれるもんじゃない。

「ど、どうしたの、ルルージュ?」

「……『青の戦慄』は返上ですの」

 あたしの問いかけはやっぱり無視されて、ルルージュは千鳥に対して小さく呟いた。
 ……青の戦慄? なんだろう、それは。
 首をひねりながら、あたしは千鳥に視線を戻した。千鳥は変わらず、笑顔のままだ。

「そんな名前は、とっくに捨てちゃったよ〜。あのスライサーと一緒にね〜」

「……」

「スライサー?」

 スライサーってのは、投刃のことだ。青の衣装同様、千鳥と云えばダブルセイバーのイメージだったんだけど、以前の彼女はスライサー使いだったんだろうか? 今日はなんだか、よくわからないことばっかり……。

「ルルージュも、たまには衣装替えてみると、いいんじゃない〜?」

「……くだらないこと」

 つい、とルルージュが面をそらす。もうすっかりいつも通りの調子を取り戻していて、吐き捨てるようでもなく、嫌みでもなく、もちろん自嘲なんかじゃなく、ただ独り言のように、呟いた。

「どんな色だろうと、蠍は蠍ですわ」

「ルルージュ……」

 初めて、千鳥の表情が曇った。ルルージュの横顔にじっと眼差しを向けたあと、悲しげに顔を伏せてしまう。
 そんな、せっかく久しぶりに三人揃ったのに。どうして、服の色のことなんかで、こんなに気まずくならなきゃならないんだろ。
 あたしは『青の戦慄』やスライサーの話も聞きたかったけど、これ以上、こんな雰囲気のままではいられなかった。
 なんとかしなきゃ。二人の顔を交互に見ながら、一所懸命、別の話題を探す。
 ……だけど、その糸口は、簡単に外からやってきた。

「あれ……もしかして、千鳥?」

「え〜?」

 不意に呼びかけられ、千鳥と一緒にあたしも振り向いた。ルルージュはいつも通り、瞳をちらっと動かすだけだ。

「あ、やっぱり。久しぶりね。入院してたって聞いたけど、もういいの?」

「あ〜、ラフィール〜」

 笑顔を取り戻して千鳥が手を振ったその先には、あたしと同じような青い髪と青い服のハニュエールが走ってこようとしていた。
 もっとも、同じようなのは、髪と服の色だけだ。彼女はすらりと背が高くて、勝ち気な色を瞳に宿した美人さんだった。どことなく、品のいい感じがする。
 ラフィール、と千鳥が呼んだその女性は、あたしたちの前に立つと、改めて千鳥に笑顔を向けた。

「元気そうで安心したわ。……あ、コスチューム替えたんだ」

「うん〜、似合う〜?」

「うん、とっても。でも、ちょっと残念かな。私とお揃いの色だったのに」

 ……あたしが云えなかったことをさらっと口にされたのが、ちょっと悔しかった。
 千鳥とお揃い、だなんてあたしがはしゃぐのは、まだまだおこがましいような気がして、云えなかったのだ。それを何のてらいもなく云えちゃうこの人は、やっぱり千鳥やルルージュと同じぐらい腕が立つんだろうか。その証拠に――。

「ルルージュも。お久しぶり」

「……どうも」

 ルルージュが、挨拶を返したのだ。あたしと初めて会ったときなんて、見事に完璧に無視していたのに!
 ……嫌だ。なんだかすごく面白くない。

「それで、そっちが新人さんってわけ? あなたたちが、駆け出しのハンターと組んでるって噂で聞いたときは、まさかと思ったけど……」

 だから。彼女の口ぶりには、嫌みな調子なんか何もなかったけど。あたしは、唇を噛んでむすっと押し黙ってしまっていた。

「北都ちゃん?」

「……ん? どうかした?」

 千鳥とラフィールが、同時にあたしの顔を覗き込んでくる。あたしがキッと顔を上げて、何かを口にしようとした瞬間。

「私たちが誰と組もうと、私たちの勝手ですわ」

 やはり独り言のように。視線は、あさっての方向を向いたままで。
 そんな彼女の端然とした横顔を、あたしは口を開けて見つめてしまった。
 かばって……くれた? ルルージュが?
 千鳥も、そしてラフィールも意外そうに目を瞬かせていたけど、やがてラフィールは小さく微笑んで、あたしに頭を下げた。

「そうね。……ごめんなさい、失礼な云い方だったわね」

「い、いえっ、あたしの方こそ……」

 慌ててあたしも頭を下げる。ラフィールは笑顔で言葉を続けた。

「千鳥とルルージュが見込んだんだから、きっと凄腕のハンターになるでしょうね」

「そ、そんな、あたしなんて……」

「そうだよ〜、期待の新人だからね〜」

「ち、千鳥まで、何を……」

「ね〜、ルルージュ〜」

「存じませんわ」

「……」

 やっといつもの調子を取り戻したあたしたちのやり取りを、ラフィールはなぜか不思議そうに見つめていた。

「……ふうん」

「?」

「ううん、なんでも。うちにもね、新人入ったんだよ」

「へ〜、そうなんだ〜」

「そう、ちょっと元気よすぎるのが問題なんだけど……」

「ラフィール! こんなとこにいたの!?」

「……噂をすれば、だわ」

 軽く肩をすくめて、ラフィールが振り向いた。あたしたちも、そちらに視線を向ける。
 そこには、炎の少女が、立っていた。
 同じ赤系統なのに、ルルージュとはあまりに印象が違う。燃えるような紅い髪、紅い衣装、そして、炎のような強い意志を覗かせる紅い瞳。
 彼女もまたハニュエールだった。

「何やってんの? アインもヤジュも待ちくたびれてるよ」

「ごめんごめん。ちょっと懐かしい友達に会ってね。……あ、紹介しておくわ。この子がうちの新人、ジョルジュ」

「……ジョルジュ……?」

 小さい呟きは、ルルージュのものだった。見ると、――なんてことだろう、あのルルージュが険しい顔つきで、ジョルジュと呼ばれた少女を睨みつけている。
 そして、その声に気づいたジョルジュも、また。

「――あんた、ルルージュ……!」

 切れ上がった双眸に憎しみを燃やして、ルルージュを見上げていた。
 ……なに? なんなの?

「ど、どうしたの、ルルージュ?」

 訊いてはみたけど、やっぱりルルージュは答えない。ただつかつかと歩み、ジョルジュの正面に立った。

「ジョルジュですって? 誰の許しを得て、その名を使っているのかしら、ミアン」

「……ミアン?」

「……その名前で、あたしを呼ぶな」

 押し殺した声で、ジョルジュが答えた。けど、もちろんルルージュがそんなことで怯むはずがない。それどころか、なんと彼女は手を伸ばして、ジョルジュの髪を掴んだのだ。これにはあたしも、千鳥も、ラフィールも、心底びっくりした。

「ル、ルルージュ?」

「ご丁寧に髪まで染めて。品のないこと」

「うるさい!」

 ジョルジュがルルージュの手を払いのける。そして、今にもルルージュに掴みかかりかねない様子で、叫んだ。

「あんたにだけは、指図されたくないね!」

「……」

 一触即発。まさにその言葉通りの状況だった。
 あたしはもう言葉もなく、オロオロするばかりだ。情けないけど、こうなったらもう、千鳥に頼るしかない。
 ……と、思ったんだけど。千鳥もなぜか、悲しげに眉をひそめながらも、口出しをせずに二人を見守っていた。
 あたしは不思議に思いつつ、千鳥の袖を引っ張って、小声で囁いた。

「千鳥? 止めないと……」

「……うん……そうだね〜……」

 小さくため息をついて、千鳥はルルージュとジョルジュの間に割って入った。
 どうしたんだろう。ルルージュも千鳥も、すごく変。
 ……あ。
 そのとき、あたしはようやく気づいた。あたしの知らないルルージュの過去。それに、あのジョルジュって子が、深く関わってるってこと? 千鳥はそれを知ってるから――。

「ルルージュ〜、落ち着いて〜。気持ちはわかるけど……らしくないよ〜」

「……」

 ジョルジュと激しく睨み合っていたルルージュだったけど、千鳥の言葉に、ようやく目をそらした。
 一方、ジョルジュは変わらず憎しみをたぎらせてルルージュを見据えている。そんなジョルジュの頭を、ラフィールが軽くぽんと叩いた。

「あんたも。熱くなりすぎ」

「だって、ラフィール……!」

「何があったか知らないけど、すぐ頭に血が上って、周りが見えなくなるようじゃ、命がいくつあっても足りないわよ」

「……」

 リーダー(だろう、多分)に諭されて、さすがにジョルジュも口をつぐんだ。
 これでどうにか一件落着、とあたしは胸を撫で下ろした。だけど、それは全くの早とちりで――。

「けどまあ、このままじゃお互いすっきりしないだろうし。どう? シミュレーションバトルでもやってみない?」

 ……なんていう提案を、ラフィールはしてきたのだった。

「シミュレーションバトル?」

「そ。訓練用に、擬似的にハンターズ同士でバトルできる施設があるのは、知ってるでしょ。ま、遊びよ、遊び」

「……」

「……」

 あたしと千鳥は思わず顔を見合わせ、そして同時にルルージュを振り返った。
 あたしとしては、危険がないのなら特に反対はしないけど、ルルージュはそういうのに乗ってくるとは思えない。案の定、彼女はいつもと全く変わらない調子で、

「くだらないこと」

と、切り捨てた。
 その態度に、ジョルジュがまた噛みついてきた。

「ふん。怖いんだろ」

「……勝負したいのなら、シミュレーションなんて迂遠な真似は必要ありませんわ」

 流し目でジョルジュを見て、ルルージュが呟く。もうさっきみたいな激昂は見せないけど、それ以上に凄味がきいていて、鳥肌が立った。……妙に、艶っぽかったし。

「今すぐ地表に降りれば、即座にその首、刎ねて差し上げましょう」

「……んだと!」

 あああ、艶っぽいなんて、見とれてる場合じゃなかった。どうにか丸く収まりかけたっていうのに!
 もうヤだ! せっかく、久しぶりに三人揃った日に、どうしてこんなこと!
 気がつけば、あたしは大声で叫んでしまっていた。

「わかった! やろう!」

「……え、北都ちゃん?」

「やるよ! もうこうなったら、はっきり白黒つけてやるんだから! いいよね、ルルージュ!?」

 ほとんど涙目になって、あたしはルルージュに言い募った。
 ルルージュはそれでもやっぱりあたしの方を見ようとはせず――、ただ、深い深いため息をついた。
 あたしの剣幕に目を丸くしていた千鳥は、今はなぜか、上機嫌でニコニコしている。
 ジョルジュは不機嫌にそっぽを向き、そしてラフィールは、なんだかとても驚いた顔をしていた。
 そんなわけで、あたしたちはシミュレーションバトルに挑戦することになった。
 ……はあ、なんでこうなっちゃうかなあ……。


to be continued...


2002.6.10

あとがき

久々の本編でございます。ちなみにタイトルは「その名はルルージュ」の誤植ではありません(^^ゞ。
新キャラのジョルジュとラフィールは、やはり実在のキャラです。ジョルジュは私の1stキャラ、ラフィールはBanGさんのリアル友達で、うちにも寄稿してくださってるPerlさんのキャラです。ジョルジュ、ラフィールに、今回は名前だけ登場のアイン、ヤジュ(弥十郎)の四人が、私がPSO始めた頃からのオリジナルメンバーです。
ジョルジュとルルージュは天敵なので、ルルージュサイドのストーリーであるこのシリーズでは、ジョルジュはヤな奴ですね。初登場なのに、不憫だ(^^ゞ。ジョルジュ側の話を書けば、ルルージュが高飛車で傲慢で冷酷なヤな女になっちゃうんですけど。
後編はできるだけ頑張って早く書きたいと思いますが……忙しくなってきたので、どうなることか……。
ご感想など、いただければ幸いですm(__)m。

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