その名はルージュ

−中編−


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「それじゃ、始めよっか。ルールは簡単、とにかくたくさん相手をぶん殴った方の勝ちよ。OK?」

 満面の笑顔で、ラフィールはそんな物騒な説明をした。喜々としているように見える……のは、間違いではなかったらしい。

「ルルージュや千鳥と手合わせできる機会なんて、そうそうないものね。楽しみだわ」

「……」

「お手柔らかにね〜」

 ルルージュはやはり興味なさげに黙殺し、千鳥も緊張感とは無縁の様子でニコニコと微笑んでいた。
 あたしはと云えば、やっぱり緊張してた。
 シミュレーションバトル。訓練のため、ハンターズ同士が対戦をする施設。
 もちろん、実際に死傷者が出ることはない。ここではあたしたちの体を特殊なフィールドが覆っていて、武器の出力も、強制的に最低ランクに落とされている。攻撃を食らったときには、ダメージ量が試算されて、その結果「死亡」と判定されればマイナス一ポイント。そういう仕組みだ。
 ハンターズになる前に、訓練所でやった模擬テストとほとんど変わらない。それはわかっていたけど、今度の相手は訓練生じゃない。ルルージュや千鳥さえ認めている一流のハンター、ラフィールだ。
 もう一人、ジョルジュの実力は未知数だけど、ラフィールが見込んでいるんだから、腕は立つんだろう。
 それに引き替え、あたしはルルージュたちに見込まれたわけじゃなくて、ただ自分から引っ付いてるだけだ。
 勢いで、あたしが「やろう!」なんて云っちゃったのに、そのあたしが足を引っ張って負けたりしたら……。
 あたしはそっと横目で、ルルージュを伺った。
 今ではもう、さっきのような激昂は欠片も覗かせていない。
 だけど、ルルージュが実は激情家であることを、あたしはもう知っている。何があったかわからないけど、ルルージュのジョルジュへの敵愾心は並大抵のものじゃない。
 勝負になった以上、負けるなんて絶対許されないだろうなあ……。
 今更ながら、あたしは自分の軽率さにため息が出た。
 そのとき、ジョルジュが髪と同じように紅い瞳であたしを一瞥して、呟いた。

「そのちっこいのは、外してもいいんじゃないの」

「……え?」

 はじめ、なんのことかわからなかった。
 ちっこいのって……もしかして……あたし?

「いくら死ぬことはないったって、大段平でぶん殴られたら、ただじゃすまないよ。素人が参加するのは、危なすぎる」

 むかっ。素人って何。
 そりゃあ、あたしのキャリアなんて、ルルージュたちに比べたら吹けば飛ぶようなものだけど、ジョルジュだってラフィールに「新人」って呼ばれてたじゃない。そんなにハンターズ歴は変わらないはずだ。
 それに、「ちっこいの」って! そりゃあたしは背が低いけど、ジョルジュとそんなに変わらないよ!

「そうだろ、ラフィール」

「うーん、そうね……」

「あたしは……!」

「人数的にも、その方が二対二でちょうどいいじゃん」

 あたしが叫んでも睨んでも、ジョルジュは平気で無視してる。悔しくて、あたしが思わず食ってかかろうとした、そのとき。
 くくっと、喉で笑うような声がした。
 その主が誰だか気づいて、あたしは怒りも忘れ、茫然と彼女を見上げた。
 ルルージュは口元に指を当て、挑発的に微笑んでいた。

「何を難癖つけているのかと思えば、今から負けたときの言い訳でしたの」

「……なんだって! 誰がそんな――!」

「三対二では勝ち目がない……そういうことにしたいのでしょう? そういう云い方をすれば、北都さんが後には引かないと、わかっているでしょうに」

「あたしは……!」

「もう、いい加減にして、二人とも」

 眉間にしわを寄せながら、ラフィールが間に割って入った。

「これからすぐバトルできるんだから。鬱憤晴らしはそっちでやってちょうだい。人数の話も、こっちはハンター二人、向こうはフォマール二人にハンター一人なんだから、ちょうどいいでしょ。……もっとも」

 ラフィールはルルージュと千鳥を見やって、軽く肩をすくめた。

「並のフォマールなら、だけどね」

「ひど〜い、人のこと、化け物みたいに云ってる〜」

 千鳥がころころと笑う。おかげで、場の雰囲気がようやく少し和らいだ。
 それにしても。ジョルジュが絡むと、ルルージュはほんとに、別人みたいだ。いや、たがが外れてしまう、と云うべきなんだろうか。

「じゃあ、登録するわよ。うちはチーム名『デストロイ』、メンバーはラフィールにジョルジュ……っと。そっちのチーム名は?」

 端末に打ち込みながら、ラフィールが振り向いて問いかけた。

「……」

「……」

「……」

 あたしと千鳥は、思わず顔を見合わせた。ルルージュはいつもどおり、我関せずという態度だ。
 チーム名。そういえば、特にそういうの、考えたことなかったな。

「なに、ないの? 結構、長くやってるんでしょうに」

「あはは〜、そうだね〜」

「そうだねって……うーん、じゃあ……」

 首をひねりながら、ラフィールはあたしたち三人を順番に眺めた。赤・白・青。

「三色旗でいっか」

「……」

「……」

「……」

 正直、そのセンスはどうかと思ったけど、いい代案もなかったので、とりあえずそのチーム名で登録をすませた。

「じゃあ、行くわよ〜」

 ラフィールが施設へのゲートを開く。そこに踏み込めば、いよいよシミュレーションバトルが始まるのだ。

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 それが適切な表現なのかどうかわからないけど、その場所の雰囲気は、「荘厳」という感じだった。
 やや薄暗い照明で、壁や床は淡い青。壁は高くそびえ、天井がどの辺りにあるのかもわからない。

「なんか……不思議な雰囲気……」

「モチーフは、『神殿』だって話だからね〜」

 神殿。なるほど、云われてみれば、そんな感じだ。
 初めてラグオルに降りたときと同じように、あたしはきょろきょろと周りを見回していた。

「行きますわよ」

 いつもどおり、ルルージュが先頭を切って歩き出す。
 慌ててそのあとに続いたけど……これから、どうすればいいんだろ?

「あたし、てっきり、道場みたいな場所で、果たし合いとかするのかと思ってた……」

「……」

「あはは〜、それも面白いかもね〜」

 やはりいつもどおり、ルルージュは反応なしで、千鳥だけが言葉を返してくれる。
 それが、なんか、嬉しかった。
 ちょっと予定とは違って、ラグオルに降りるんじゃなくて、こんなことになっちゃったけど、それでも前と同じように、三人で行動できる。ずっとこの日を待っていたんだから。

「やることはね〜、地表と同じなんだよ〜。この中を探索して〜、相手チームと出会ったら、やっつけるの〜」

「そうなんだ。でも、結構広そうだけど……ラフィールたちを見つけるだけで大変なんじゃ?」

「それはそうだけど〜」

「……出てくるのは、人だけではありませんわ」

 振り向きもせず、独り言のようにルルージュが呟いた。
 今日のルルージュは、ほんと、多弁だなあなんて、あたしはどうでもいい感心をしていたりする。

「え? どういうこと?」

「モンスターも出るよ〜」

「ふーん。……って、ええっ!?」

 そんな、今の武器じゃ、ろくな攻撃力もないっていうのに!?
 思わず足を止めて蒼白になったあたしに、千鳥はまたころころと笑って見せた。

「もちろん、本物じゃないよ〜。ホログラフィ〜」

「な……なんだ、びっくりした」

「攻撃されれば、もちろんダメージは受けるけどね〜。『死亡』って判定されたら、同じようにマイナスポイントだよ〜」

 なるほど。これはほんとに実践的な訓練施設なんだ。ラグオルで探索するのと、同様の経験ができるようになってる。ハンターズ同士の対戦がアリなのは、シミュレーションでは出せない、予測不能な動きを取り入れるためか。
 でも、なんにしろ命の危険はないんだから。いい機会だと思って、修行させてもらお。……足は、引っ張らないように。

「あ〜、それと、ここって迷路みたいで迷いやすい構造になってるから〜。気をつけてね〜」

「うん、わかった……」

 ぶつぶつと一人で考えていたところで、千鳥の声に慌てて顔を上げた。
 ……あれ? いない?
 考え込むと同時に、あたしは足を止めてしまっていたらしい。慌ててルルージュたちのあとを追った……つもり、だったんだけど。

「あれ? あれ? こっちじゃなかったのかな?」

 少し走っても姿が見えないので、慌てて引き返す。今度は違う角を曲がってみるけど、でもやっぱり、そっちにもいない。
 え? え? ええええええっ?
 迷っ……ちゃっ……た……?

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 泣きそうだった。
 迷子になって涙を見せるなんて、絶対できっこないことだけど。ルルージュに見られたら、その場で縁を切られるだろう、きっと。
 でも、一人でうろうろするのが、こんなに淋しいことだったなんて、知らなかった。
 思えば、あたしは一人で探索に出たことがない。正規のハンターズになって以来、ずっとルルージュと千鳥と一緒だったんだ。
 彼女たちは超一流のハンターズだから、一緒にいれば心強い。情けないけど、あたしはずっと守ってもらってた。
 でも、ほんとの理由はそんなことじゃなくて。やっぱりあたしはただ単純に、「一人」であることが、嫌だったんだと思う。もっと正確に云えば、ルルージュや千鳥と離れていることが。
 ……ルルージュは、千鳥と組む前は、ずっと一人で行動してたって、聞いたことがある。 いったい、彼女はどんな気持ちで、たった一人、あの鎌を振るっていたんだろう――。
 そんなことを考えていて、周りへの警戒がおろそかになっていた。ルルージュに何度も云われていることなのに。いつでも冷静に、周囲に気を配れって。

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 物陰から、紅い影が飛び出したと思った瞬間。裂帛の気合と同時に、巨大な刃がまっすぐに振り下ろされて――。

「――!」

 反射的にハンドガンを構えようとしたものの、間に合うはずがなかった。あたしはやってくる衝撃に備え、思わず奥歯を噛みしめたのだけれど。

「……?」

 あたしの頭を直撃するはずだった真紅の刃は、文字どおり紙一重、ぎりぎりのところで止められていた。

「……なんだ、あんたか」

 拍子抜けしたような、だけど、どこかほっとしたような声でそう云うと、彼女は剣を下ろした。
 そう、あたしの身長と同じぐらいあるその大剣を振り回していたのは、あたしと同じように小柄なジョルジュだった。
 服や髪の色と合わせたように、その剣もまた炎のように紅い。あの体で、よくあんなでっかい剣を操れるものだ。
 ……なんて、感心をしている場合じゃなかった。

「どうして、止めたの?」

「……へ?」

「あのタイミングなら、絶対倒せたのに。あたしなんて、相手をする気にもなれないっていうこと!?」

 バトルを始める前のやりとりのこともあって、あたしは頭に血が上ってしまっていた。これ以上、バカにされっぱなしじゃいられない。
 それに対して、ジョルジュは少し困ったように首を傾げ、頬をかいた。

「あー……いや、そういうつもりじゃないんだけど……」

「じゃあ、なんでっ」

「だって……恨みのない奴を殴ったって、楽しくないだろ?」

「……え……?」

 思いがけない言葉に、あたしは目を点にしてジョルジュを見つめた。
 ジョルジュは照れたように、視線をそらして笑っている。そうしてると、意外に女の子らしい可愛らしさもあって、あたしはますます驚いてしまった。

「さっきも……悪かったね。あんたは口の利き方を知らないって、ラフィールにもよく怒られるんだけど。別に、あんたのことバカにして、外せって云ったわけじゃないんだ。ただ、今回のことは、あたしとルルージュの個人的なことだからさ。危ないことに、関係ない人を巻き込みたくなかったんだよ」

「……関係なく、ないよ。あたしとルルージュは、同じチームだもん」

「……ふうん」

 ちろっと、横目でジョルジュはあたしを見た。意外そう、という感じだろうか。あたしは別に変なこと云ってないと思うけど。そういえば、ラフィールも時々そんな表情をしてたな。

「ま、なんにしろ、あたしはルルージュと勝負したかっただけなんだ。ほかのことはどうだっていいよ」

 ぶっきらぼうな台詞。だけど、彼女が誰彼なく傷つけたいと思うような人じゃないことはわかった。――ただ、ルルージュを除いて。

「……さっき、『恨みのない奴を殴っても楽しくない』って云ったよね」

「ああ」

「ジョルジュは……ルルージュに恨みがあるの?」

「……」

「どうして?」

 ジョルジュの面が不意に引き締まる。唇を噛んで、何度か言葉をはき出そうとし――、けれど、あたしの質問に答えてはくれなかった。

「……人に話すようなことじゃない」

「……」

「きっと、周りから見ればつまらない意地だからね。だけど、あたしは……あいつを越えなきゃいけないんだ……」

「ジョルジュ……?」

「今はまだ叶いっこないって、わかってるけどさ。でも、いつかきっと……あたしもラフィールぐらい強くなれば……」

 そう呟いたジョルジュは、本当に悔しそうに、唇を噛みしめていた。
 その姿に、あたしはそれ以上詮索できなくなってしまった。
 結局理由はわからないし、聞いてもきっと賛成できないけど、それでもジョルジュには戦う理由がある。どうしても強くなりたい、ならなきゃいけない訳がある。
 それはルルージュも、そしてきっと千鳥も同じだ。
 だったら、あたしは……? あたしは、どうして、戦ってるんだろう……?
 なんだか自分自身がとても薄っぺらい存在に思えて、どうしようもなく悲しくなって。それで、あたしはこの話題から逃げるように、どうでもいいことを口にしていた。

「ラフィールって、そんなに強いんだ?」

「……へ? 本気で云ってんの?」

 眉をひそめて、ジョルジュがあたしの顔を覗き込んでくる。あたしがこくこくと頷くと、ほとほと呆れた、というように頭を振って、ため息をついた。

「何にも知らないんだねえ、あんた。だから、ルルージュなんかと組んでられるのか……」

「それとこれとは関係ないでしょ」

「ああ、悪い悪い」

 苦笑しつつ、頭を下げるジョルジュ。
 この短い時間で、彼女に対する印象はだいぶ変わってしまった。きっと、いい友達になれると思う。……ルルージュのことが、なければ。

「今、現役のハンターズで腕っこきといえば、むかつくけどルルージュ、それに千鳥、ラフィールだろ。もう一人、赤いヒューキャストのSWORDってのがいるけど……こっちはもう伝説に近いかな」

「……へえ」

 驚いた。ルルージュや千鳥が凄腕なのは知ってたけど、ハンターズの中でも三本の指に数えられるほどだなんて。その二本とあたしなんかがチーム組んでて、ほんとにいいんだろうかって気がしてきちゃう。

「ま、近い内にもう一人、あたしが数えられるようになる。……それまで、元気でいなよ」

 自信たっぷりに笑顔でそう云って、ジョルジュはあたしに右手を差し出した。
 あたしも思わず笑顔を返して、その手を握ろうとした瞬間――。

「――!」

 ジョルジュが飛びずさった。
 一瞬前までジョルジュがいた場所を稲光が突き抜け、壁に刺さり黒煙を上げる。
 雷撃系テクニック――ゾンデ?

「不意打ちとはあんたらしいね」

 さっきまでのにこやかさをかなぐり捨て、紅い瞳をさらに真紅の炎に燃やして、ジョルジュは紅い大剣を構えた。
 その先にいるのは、もちろん――。

「北都さんから離れなさい」

 禍々しい大鎌を携えた、緋色の魔女だった。


to be continued...


2002.7.12

あとがき

たいへん長らくお待たせいたしましたm(__)m。
しかも、まだ終わってないし(^^ゞ。今度こそ前後編で収まると思ったんですけどねえ。
いや、おそらく全体の分量としては、前後編ぐらいでちょうどいい感じだと思うんですが、区切りが悪かったもので。だから、後編はおそらく短めになると思います。
今回はジョルジュのキャラ紹介編でした。プロットにはないシーンだったんですけど、やっぱ不憫でしたから。こういうことしてるから、長くなるんだな(^^ゞ。
ちなみに、ゲーム本来の仕様では、一度ロックオンされたら、テクニックをよけるなんて真似はできません(^^ゞ。
次回は、いよいよルルージュvsジョルジュ……なのかな……?
また、まったりとお待ちいただけると幸いですm(__)m。

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