青の戦慄

第一部 Blue - the color of lonliness -
第一話 暗殺者

 暗殺者は、律儀にインターホンを押した。
 室内に、途端に緊張した空気が走る。家の主である如月は恐怖に青ざめ、待機していた数人のハンターズはそれぞれの武器を構え直した。
 リーダー格のヒューマーが、如月に安心するよう頷きかけたあと、ドアの側に立つ若者に顎をしゃくった。

「確認しろ」

「お、俺ですか!?」

 若者は、まだ少年と云っていい年頃の、小柄なヒューマーだった。如月よりさらに青い顔をした彼に、リーダーは舌打ちしつつ、もう一度指示を出す。

「わざわざインターホンを押してくれてるんだろうが。カメラ越しに確認すればいいんだよ」

「は、はい」

 慌てて少年はドア脇のカメラの表示をオンにする。そこに映っていたのは――。

「こんばんは〜。ドクター如月はいらっしゃいますか〜?」

 ニコニコと邪気のない笑顔を満面に浮かべた、青い髪の女性だった。

「……えっと……」

「あれ〜? ここって、ドクター如月のお家ですよね〜?」

「そ、そうだけど……」

「おい! 何やってる!? 誰なんだ!?」

 リーダーの怒声に、少年は困惑顔のまま振り返った。なんと説明したものかわからず、結局、見たままのことを口にした。

「えっと、女の子です」

「はぁ!?_」

「その、可愛い女の子が、ドクター如月にお会いしたいって」

「……」

 リーダーもまた眉をひそめ、如月の方に顔を向ける。しかし、当の如月もやはり首を傾げるばかりだった。

「ね〜、入れてくださいよ〜。急ぎのご用があるんですよ〜」

 場違いな、明るい、間延びした声がスピーカー越しに響く。何人かのハンターズが思わず笑ってしまい、少年もつい釣られて微笑んで、ドアに手をかけた。

「とりあえず、入ってもらっていいですよね?」

「――バカ野郎! 素性のわからない人間を入れられるか!」

 たちまち怒鳴られ、ひっと首をすくめたものの、少年は精一杯の抵抗を試みることにする。いつもならリーダーに逆らったりできないが、彼女のためなら少しぐらいは抗弁してやりたかった。だって。

「大丈夫っすよ。すっごい可愛い子だし、そんな怪しい感じじゃ」

「ほんっとに底抜けのバカ野郎だな、貴様は! 見かけで力量が――」

 途中まで云いかけて、ハッとリーダーは何かを思い出して言葉を途切れさせた。不審そうに目が細くなる。

「おい、待て。外にいた見張りの連中はどうしたんだ? なんで、ここまで通して――」

 その言葉に、全員が息を飲んだ瞬間。

「も〜、意地悪するなら、勝手に入っちゃうからね〜」

 驚いて少年が振り向く。けれど、もうカメラの向こうに、彼女の姿はなかった。
 その代わり、ドアの内側に光が現れ、次の瞬間には、青い髪に青い装束のフォマールが、立っていた。

「こんばんは〜」

 変わらず満面の笑顔で、彼女は挨拶をした。
 誰もが呆然として、声も出ない。そんな様子に無頓着に、彼女は興味深そうに辺りをきょろきょろと見回していた。

「うわ〜、立派なお屋敷ですね〜」

「……」

「個室一つ与えられたきりで、何光年も旅をしてる人もたくさんいるのにね〜」

 少しも皮肉な風もなく、彼女はとても辛辣な感想を述べた。
 ――そう、ここは巨大移民船団「パイオニア2」の一角。移民たちのほとんどは狭い居住スペースでストレスを抱えて生きているが、ごく限られた階級の人々には、快適な住空間が与えられているのだ。

「ま〜、私には関係ないんですけど〜、え〜と、それで、ドクターはどちらに〜?」

 口元に左手の指を当てて、可愛らしく首を傾げる。そのままの姿勢で、居並ぶハンターズを順番に彼女は見据えていった。
 可憐な笑顔を向けられて、けれどハンターズたちは、皆、背筋に寒気を覚えた。
 違う。こいつは、何かが違う。

「あ〜、発見〜」

 リーダーの陰に隠れるようにしていた如月に、彼女が目をとめた。思わず後ずさりしそうになる如月に向けて、本当に嬉しそうな笑顔で、一歩踏み出す。
 そこでようやく呪縛が解けたように、ハンターズのリーダーが険しい表情で進み出た。

「なんだ、お前は!? どうやって入ってきた?」

「どうやってって……見てたでしょ〜?」

「説明になってない! それに、外にいた連中は、どうし……」

 云いかけて、リーダーは今度こそ本当に絶句した。
 そう、どうして今まで気づかなかったのだろう。その美貌に視線が釘付けになっていたわけでもあるまいに。
 彼女の右手にぶら下げられているもの。可憐な容姿に似合わない、大振りの投刃スライサー。そして、その刃からしたたる、赤いものは――。

「意地悪して通してくれなかったから〜、お仕置きしてあげたよ〜?」

「……まさか、お前が……」

「あなたたちは、そんな意地悪しないよね〜? お嬢さんを『教授』に渡してくれればいいんです、ドクタ〜」

 ニッコリと、微笑む。青い、暗殺者。

「う、撃て!!」

 号令にレンジャーたちが銃を上げる。しかし、その照準の先に、すでに彼女はいない。文字通り「跳んだ」彼女が降り立った場所は。

「も〜、めんどくさいな〜」

 リーダーの真後ろだった。振り向こうとしたリーダーの喉を、スライサーの刃が一瞬で断ち切る。

「が……っ」

「そーれっ」

 そして、気合いの入らないかけ声と同時に振られたスライサーからは、次々とフォトンの刃が放たれた。
 舞うような仕草で、彼女はその部屋にいた十人近いハンターズを次々と屠っていった。自らはかすり傷さえ負うことなく。返り血の一滴も浴びずに。

「あ……あ、ああ……」

 その様子に、はじめに応対に出た少年は腰を抜かして座り込んだ。彼女がまずリーダーを始末しに奥へ向かったため、結果的に彼は暗殺者の刃から最も遠い位置にいたのだ。
 室内には、もう彼のほかには如月しか動くものはいない。

「あれ〜、まだいたんだ〜」

「……ひっ……」

「ん〜、あとでいっか〜」

 振り上げかけたスライサーを下ろし、彼女は如月の方へ向き直った。
 肝心の用をまだ済ませていない。お使いに失敗しては、『教授』に怒られる。

「それでは、改めて、はじめまして〜、ドクター如月。私、千鳥と申します〜」

「ひっ、く、来るな……」

「『教授』から、お話は聞いてますよね〜? お嬢さんをお預かりしたいんですけど〜」

「よ、寄るな、化け物っ! お前なぞに、娘は――!」

 渡さない、と云いきる前に、如月の首は胴から離れて宙を飛んでいた。
 鮮血にまみれたスライサーを高々と掲げ、千鳥と名乗った女は微笑む。とても優しげで、そして、とても恐ろしい笑顔で。

「口数の多い男の人は、嫌いだな〜」

 そう云ってから、はっと口元に手を当てる。肝心のターゲットがどこにいるのか、わからない。それだけ聞いてから殺そうと思っていたのに、つい手が動いちゃった。

「ね〜、あなた、知ってる〜?」

 千鳥は振り向いて、まだ腰を抜かしている少年に問いかけた。
 少年はぱくぱくと口を動かすばかりだ。血の海のただ中に立ち、嫣然と甘い笑みを浮かべているその姿に、悲鳴を上げることも逃げ出すこともできない。
 千鳥はつまらなそうにため息をつき、奥に向かって歩き出した。この家にいることは間違いないのだから、どうにかして探し出せばいい。妙なところに隠れていなければいいんだけど。
 生き物の気配を探知するため、千鳥が意識を広げようとした、そのとき――。

「パパ……? どうしたの?」

 捜し物が、向こうからやって来てくれた。らっき〜と思う反面、この場に来られると少し面倒だな、と千鳥は考える。この惨状を見て、取り乱されると厄介だ。
 しょうがない、気絶してもらおうか、そう千鳥が考えながら足を踏み出すと同時に、小さな影が通路の角を曲がって姿を現した。

「あ……」

「……」

 娘も千鳥に気づいた。だが、その様子は怯えたり怖がったりする風ではない。それどころかその面には、徐々に笑顔が浮かんでいったのだ。

「天使様……?」

「……え?」

「天使様だ! そうでしょう? 青の天使様!」

 ――なんという皮肉。
 千鳥は変わらず笑顔を貼り付けたまま、血がにじむほど唇を噛みしめた。ゆっくりと首を横に振る。

「……あはは〜、そんなじゃないよ〜。どっちかって云うと……死神……かな」

 投刃を握る手を震わせて呟いた言葉。しかし、それに対する答えは、さらに思いがけないものだった。

「ううん、違うよ。だって、死神は紅いんだもの!」

「……紅い死神……?」

 何を云っているのか、千鳥には全く理解不能だった。
 理解したいとも思わなかった。ただ自分は、この子を連れ帰るという義務を果たせばいいのだから。
 そう自分を納得させた矢先、少女は再び千鳥の意表をついた。

「天使様は、私を迎えに来たの?」

「……そう、だよ」

 本当に嬉しそうに笑う少女に、千鳥はかろうじて頷いて見せた。

「やっぱり! そんな気がしてたの。パパは? パパも一緒?」

「……ううん、パパは忙しくて、一緒には行けないって〜」

「そうなの? じゃあ、行ってきますって、云ってこなくちゃ! ――パパ!」

「……あっ……」

 止める間もなく、少女は千鳥の横を駆け抜けて玄関フロアに向かった。
 直後に上がる悲鳴を想像して、千鳥が憂鬱げにため息をつく。
 しかし、少女はどこまでも千鳥の予想を裏切り続けた。

「パパ? どこにいるの、パパ?」

「……?」

 とっくに死体は見つけているだろうに、少女は父に呼びかけ続け、その返事を待っているようだった。
 不審に思いつつ、千鳥が踵を返すと、少女は通路の角に手をかけて、辺りを見回していた。その様子から、千鳥はあることに気がついた。

(目が……? でも、さっき、私を見て、「青い」って……)

 首を傾げて千鳥が見守る中、少女は手探りで広間に踏み出そうとした。あと数歩で、血だまりの中に足がひたる。けれど、やはり少女にそれは見えてないようだった。

「パパ……? いないの?」

「……」

 千鳥は素早く少女に近づき、その体を抱き上げた。血糊に足を取られて転び、その小さな体が血にまみれる前に。

「パパはね〜、お仕事で遠くに行っちゃったんだよ〜。その間、お姉ちゃんがお世話を頼まれたの〜」

「え……そうなの?」

「うん〜。だから〜、お姉ちゃんと一緒に来てもらえるかな〜?」

「……うん!」

「ありがと〜。いいお返事〜。え〜と……お名前は?」

 もちろんターゲットの名称ぐらい聞かされていたが、確認のために、千鳥は問いかけた。
 少女ははにかんだ笑みを浮かべる。そうして、とても大切そうに、その名を呟いた。

「……マリア」

「そう〜、じゃあ、マリアちゃん、行こうか〜」

 云いかけて、ふと千鳥は気づいた。まだ一人残っている。
 少女――マリアを抱きかかえながら、千鳥はドアの脇に目を向けた。少年はすでに、失神していた。

(……ま、いっか〜)

 心の中で呟いて、千鳥は目を閉じた。目映い光が千鳥とマリアを包んでゆく。
 やがて、その光の中に二人の影が消えるとき、マリアは小さな声で呟いた。

「さよなら……パパ」


to be continued...


2004.3.30
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