菊地世界、雑学ニュース

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★★  項目   ★★

北斗の拳やうる星やつらにDが イシャーの武器店 バルバロイ 絵にも描けない美しさ
 ルーマニア料理店 手塚治虫 ヒエラルキー メスメル 富江 霧の国 
ボウィナイフ ジャパニメーション 
 魔法医師ニコラ新旧比較 後書きが ダンピール
 ダークサイドブルース クォヴァディス 映画JM


北斗の拳やうる星やつらにDが

2005年の11月に行われた「Dの日」第1部のゲストは1作目の「バンパイアハンターD」の芦田豊雄監督でしたが、お話の中でDと同時期に製作された劇場版の「北斗の拳」に出ているということでした。で、ビデオを探して確認して見ました。
最後のほうで、ユリアが十字架にはりつけにされているときの群衆シーンの一部です。

 高い十字架にはりつけにされるユリア


 それを見上げる群衆達



拡大図、取り込み画像が荒れてて申し訳ないんですが、確認できました。たしかにDです

ほかに見つけたのが、Dと同じ年度に製作された「うる星やつら ラム・ザ・フォーエバー」の中の1シーン

飛ぶのが遅くなったラムがあたるにおいて行かれるシーンの背景です。



背中の剣の曲がり方、帽子とついている飾りがDっぽいですね。


イシャーの武器店

今回はほんとに重箱のすみをつっつくネタです
魔界都市ブルース 孤影の章」、P154、新宿にあるという合法的な武器店のことを、なぜか「イシャー」と呼ばれたというくだり、何だろうなと思った人も多かったでしょう。実はこの話の元ネタはA・E・ヴァン・ヴォークト氏というSF作家の「イシャーの武器店」という小説からきています。シリーズとして、「武器製造業者」というのも創元から出ています。

お話の方は未来の地球の話で、イシャー王朝と、自衛専用の武器を売る「武器店」という組織の話です。「武器店」というのは自衛専用の強力な武器を販売したり、虐げられている庶民のために独自の法廷まで持っているという、政府と対抗する強力な組織です。しかも、その二律的社会を作り上げたのは、実は歴史の裏に隠れた一人の不死人だったという、壮大なSF小説なんですよ。
この名前にまさか魔界都市でお目にかかれるとは思いませんでしたから、個人的にすごくうけました。

ヴォークト氏はどちらかというと、宇宙を探険するという「宇宙船ビーグル号の冒険」(ダーティペアに出ていたケアルという生物(ムギ)の元ネタの話)が有名でしょうけど、高校生くらいの時に超人類の話「スラン」とか、マニアックな「非Aの世界」とか、ほとんど読破しましたよ。
なおご本人は2000年の一月に、87歳でお亡くなりになったそうです。合掌。


バルバロイ

今回は「Dー妖殺行」とアニメ映画に登場するバルバロイの里のこと、実はバルバロイという名前は他の作品でも使われています。魔戦記シリーズの「バルバロイの覇王」「バルバロイ妖戦」「バルバロイ転生」がそうですね。

で、これの語原が何かというと、古代のギリシャ人の言葉からきています。
古代ギリシャ人は、民族としての統一意識が強く、自分たちをヘレネス、異民族をバルバロイとよんで区別していたそうで、バルバロイとは「聞き苦しい言葉を話すもの」という意味らしいです。要するに自分たち以外は、人じゃないという感じですか、これはこれでわかりやすいけど傲慢ですね(笑)

だから、魔戦記の場合は、ギリシャに侵略してきたアレキサンダー大王は異民族バルバロイと呼ばれたわけですね。日本語でいうと夷狄(いてき)って感じでしょう。
Dのバルバロイの里も、異民族の里ということなんでしょう、もちろん人外の存在の里という意味も込められていると思いますよ。

こういう、名前に関しての小技?はあちこちでありますねぇ。「魔剣士」の奥月桔梗、の名字は「奥つ城」からきていて、お墓の意味ですね。
奥つ城どころというのは墓場のことですから、生きる死人の剣士にはとても似合っている名前だと思います。


絵にも描けない美しさ

今回は、先日のファンのアンケートの意見を見ていて考えた話
菊地小説のアニメ化、映像化については、皆さんこだわりを持っていて、自分のイメージと違った物を作られるのはいやというかたが多かったですね。
特に「絵にも描けない美しさ」の美形さんたちは、書いたり動かすのは無理でしょうって意見が大多数でした。

ではちょっと別の方向からアプローチしてみましょうか。
人外の美貌とか絵にも描けないような美形を、いっそ食べ物にたとえてみましょう。

たとえば、文章で、今日の晩ご飯は、「ものすごく美味しい料理」を食べたと書いたとしましょう。すると読んだ人の頭の中には、自分の中で一番美味しい物を想像しますよね。

これがもし「ものすごく美味しい中華料理」になると、中華は好きな人はいいにしても和食や洋食が好きな人は、あれ、そうでもないよなと思いますよね。

で、これが「ものすごく美味しいラーメン」になると中華は好きな人でも酢豚とか、餃子の好きな人は、ラーメンだとそんなに美味しくないと思うでしょう。

という風に、イメージをどんどん現実に近づけて具体化して描写していけばいくほど、頭の中のおいしいもののイメージと離れていく人が多くなるのは、しかたがないことなんですよ。人間は、みんな同じに出来ているわけではないですから。

だから、せつらにしろDにしろ、超絶美形さんたちは、実は、目の形がどうとか、眉毛がどうとか、鼻はこういう感じとか、具体的なことはほとんど書かれていないのです。ただひたすら美しいと書いてあるだけです。
これは具体的な事実を描写せずに、イメージだけを与えられるという文章の特性を利用したテクニックの一つですね。

この点アニメや漫画は損です。絵や形、音や動きといった具体的な物で表現せざるをえないので、どうしてもイメージとのずれが出るのはさけられないのです。これは小説を漫画化、アニメ化するときの宿命ともいっていいでしょう。
でも、イメージの最大公約数で作ることは可能だし、実際、今回のDはそういう出来になっていると思いますね。(と、まとめておこう)
(2001.5.5)


「僕」と「私」と「おれ」?

今回は某Kさんに教えてもらったネタなんですが、魔王伝の中に「ぼく」「私」以外の人称を使っているところがあるというお話。
魔王伝(新書版)の二巻目のP88、左にドクターとせつらのイラストがあるページの下段の5行目「料金はおれの口座から好きなだけ落とせ」とせつらが喋ってますね。気付きませんでしたねぇ。

それにしても「僕」「私」に続く、せつらの第三人格が登場するという「闇の恋歌」はたしていつ出るんでしょうね???
俺、あたし、朕、余、儂、人称は色々あるんですけど(笑)


菊地世界の基礎知識

 なんとなく思いついた命題がこれです。菊地先生の小説の世界をより楽しむためには、何を知ってたらいいのだろうかというお話。

まずは小説部門の古典、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」にメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」は必須条件、吸血鬼は魔界都市ものでもよく登場しますし、Dや夜叉姫伝のテーマでもあります。「フランケンシュタイン」を読んでいると「死人機士団」がより楽しめますね。ついでにレ・ファニの「吸血鬼カーミラ」とか、創元の「怪奇小説傑作集1〜5」、アーサー・マッケンの「怪奇クラブ」ブラックウッドの傑作集、あたりを押さえておくといいでしょう。

そして、忘れちゃいけないのがクトゥルー神話のH・P・ラヴクラフト、創元の「ラヴクラフト傑作集 1〜6」を取るか、青心社あたりで神話体系をそろえるかですけど、創元のほうが手に入りやすいかな。「退魔針」「YIG」「妖神グルメ」「妖戦地帯」など関係してきますね。

日本の小説だと、まず山田風太郎さんの初期の一連の忍法帳もの、せつらの妖糸の原型ともいえる風閂(風来忍法帖)など風変わりでエロティックな忍法が勢揃い、とくに初期の小説への影響が強いですね。これは時間があれば読んでおきましょう。あとは江戸川乱歩さんとかも多少影響あり。

さて困ったのが映画部門、ホラー映画に関しての知識は、一般人がちょっとやそっとで集めたり見たりする限界を遙かに超えておられるので、ここは素直に御大の本を読んだ方がよろしいでしょう(笑)。 幻想文学からでている、「怪奇映画の手帖」や、文庫本もある「魔界シネマ館」がお勧めです。
と簡単ですが、こんなところでいかがでしょう?


銀座のルーマニア料理店

蒼き影のリリス」に登場するルーマニア料理店「ルナ・プリナ」 リリスの本拠地でもあるレストランですが、とあるかたから実際に銀座7丁目にルーマニア料理の専門店があると聞き、さっそく話の種に探検にいって参りました。

 一人で行くのもさびしいので、魔界都市の美姫、せいら姫をお誘いして東京駅で待ち合わせ、夕方の有楽町をとことこと歩いて銀座にむかいます。
探していった先は、やっぱり小説のようにはいかないもので、あるビルの地下一階にある「ダリエ」というルーマニアレストラン。シビルの爪の背表紙にちょっっとだけ名前がでてますね。「ルナ・プリナ」みたいに壮大ではなく、こぢんまりとした感じの20席ほどのレストランでした。内装は明るい感じで、天井がやや低くって隠れ家みたいな感じです。

私の方が普通のコース、姫が夏の冷製コースを頼み、取り皿をもらって色々味見してみる。
全般的には、フランスあたりの田舎料理って感じで、ちょっと酸味のきいた味、ヨーグルトや酢が使ってありましたね。スープは温かい私のは酸味のあるトムヤンクンみたい、姫の冷製ヨーグルトスープは何となくドレッシングを飲んでいるみたいと意見が一致する。
小説の印象でもっと辛いかと思ってたんですが、おとなしい味付けです。挽肉料理が多かった。でも貝の冷製とかに大蒜はしっかり利いてました。出てくる料理を全部解説してくれるのは面白かったです。

飲み物、小説に登場するツイカというお酒があるとよかったんですが、頼んだルーマニア直輸入という白ワインがとてもフルーティでおいしかったですね。
探険にお付き合いくださり、ありがとうございました。>せいらさん

興味のあったり、話の種に行きたいかたはダリエのホームページをみてくださいませ。値段はそれなりです。


手塚治虫と菊地秀行

文庫本の「マンションOBA」を買ってきて、菊地先生の後書きに触発されて考えたことですんで、雑学とはちょっと違います。

菊地先生が、手塚先生の本の後書きを書いたのは「マンションOBA」の他に「ブラックジャック8」(文庫版)と、直接ではないが光文社文庫の「少年傑作集5」があります。年代的に見ても、菊地先生は昭和30年代の月刊マンガ雑誌全盛期に育った世代ですね。初代ライオンブック(おもしろブック付録)の話を書いておられたのが印象的でした。ちょうどその時代というと科学万能時代、科学技術さえ進歩していけば人間の未来はすばらしい世界になるという考えにみんなが支配されていた時代でした。鉄腕アトムなどで絵にかいたような摩天楼が並ぶ未来世界を想像できた時代でした。(そういうことも後書きにありました) まあその後、公害などでそれは幻想だったというのがわかってきて、後期の手塚マンガでは科学は必ずしも人を幸せにするものではないという風に変わっていきます。

菊地先生の小説の場合は科学技術は最初からあまり評価されてないですね。下のヒエラルキーの項でもいったとおり、魔術、魔法、超絶技の下に置かれているようです。

私も子供の時から手塚マンガを読んでいた世代なのですが、手塚先生のマンガの場合には、コマ割り自体が映画的な手法でつくられています。それぞれのカットが映画の1シーンのような感じなので、子供時代読者でその後映画好きになった菊地先生の素養はこのへんで養われた可能性もあるでしょうね。(これはあくまで推測です)

 この両先生を考えてみると不思議と共通点が多いのです。ひとつめは異常に多作であるということですね。小説とコミックを単純に枚数で比較するというのも無理があるかもしれませんが、手塚先生が全集で400冊で、菊地先生もタイトルだけで300は軽く越えますね。この上を行く漫画家さんはいないでしょうし、小説家さんでは数えるほどでしょう。

次の点は、バイオレンス一辺倒ではなくて、読者に応じて、綺麗な話や子供向けとかいろんなタイプの話が書けるということですね。成人向けからジョブナイルまで幅広く書けるのは共通しています。菊地先生に限っていうと、あんなエログロなシーンを書いている人がどうしてと思うくらいきれいなお話を書けるんですね。でも、そういう二面性がまた魅力のひとつでもあるのはいうまでもないです。手塚マンガの場合も同じでして、可愛い絵柄にだまされていると、びっくりするくらい残酷な話を平気でかいていたりします。すぐに人類愛や生命の尊さに結びつけれられることのおおい手塚漫画ですが、隠された毒の部分も読みとるべきでしょう。

描かれる世界に関しては、主人公が基本的に普通の人間じゃないことも共通項ですね。たいていの場合、普通の人とは違った能力を持っている場合が多いです。言葉を換えてみると異形のものが主人公な世界なのですね。異世界を綺麗に描いてみせるのも、小説や漫画の面白さの一つ、その点このお二人はお上手です。架空の物語というのは大嘘ですから大風呂敷を広げているわけなんですが、その広げ方もとても綺麗ですね。まあ菊地先生の場合、場面によっては普通の人間が通行人くらいしかいなかったという、極端な場合もありますが(笑)

それに基本的に中編、短編作家であるということ。菊地先生の場合は夜叉姫伝の8冊、エイリアン魔神国の6冊以外は長くても4冊以下の話が多いですね。短編・中編の方がお得意なのではと思いますし、ホラー系の短編集には面白いのが多いです。手塚先生の方も同じ傾向があり、火の鳥やブラックジャックは長いように思えても、中編、短編の積み重ねです。本当に長いというと、「ブッダ」か「陽だまりの樹」くらいですね。

あーそれにしても、手塚先生が60歳で亡くなられたのは惜しすぎる・・・・。菊地先生もお体を大事にされてくださいね。

 


ヒエラルキー

 さて今回はほとんど与太話・・。ヒエラルキーということなんですが、小説の中の強さの階層とでも思ってください。

菊地先生の小説の場合はけっこう厳然とした強さの等級がありまして、強い方から
絶対無敵の主人公>魔術・妖術>科学技術>ヤのつく自由業の人>一般人  という感じかな。
基本的に数字の出る速度とか技術は、魔術・妖術・超絶技の下に置かれているようです。

例えば「シャドーX」のマッハ50のスピードで動ける信方くんだと 音速は331m+0.6Tだから温度が15度で秒速340mです。するとマッハ50だと 秒速17Kmになります。これだと、地球の重力圏離脱速度を遥かに越えてますから 信方くんは水平に走り出したとたん、地表から足が離れてそのまんま大気圏を 離脱して星の彼方に去ってしまいます(笑) (空気がなければ) しかし、秋せつらの妖糸はそれすらも凌駕するパワーとテクニックを持ってるんですね。いくらチタン鋼でもそんなスピードで動いたら空気との摩擦熱で一瞬で蒸発しちゃいますよ。

  という空想科学読本のような冗談はさておき、小説にこういう数字を出されるのは一種のテクニック なんでしょうね。、科学技術の方で数字を出すことによって、それより強い魔人、妖人が際立って見えるということでしょう。だから、全身10センチの超金属の装甲に覆われて、レーザーやミサイルを装備した一万馬力のサイボーグなんてのが 出てきたら、まずやられキャラと思って間違いないです(笑) お後がよろしいようで・・・


偉大なるメスメル

 「魔界都市ブルース4 蛍火の章」に登場する催眠術師「メスメル男爵」の話を覚えていらっしゃるでしょうか。このメスメル男爵の原型は、フランツ・アントン・メスメル(メスマー)という実在の人物です。近代催眠術の開祖ともいわれるメスメルですが、今の方式の「あなたは眠くなる、3,2,1・・・」というタイプの催眠術を使うのではなくて、「動物磁気説」といって磁気の流れで病気を治すという物でした。彼の診療室には大きな樽状の物に磁気がためていると称され、磁気が周りの人を回ったり、またメスメルが鉄の棒を患部に当てることで、病気の回復が出来るという治療法でした。
一時は人気で莫大な財をなしたそうですが、王立アカデミーで効果なしといわれてパリを追放され、世を去ったそうです。まあ実際の病気は治りませんがプラシーボ効果(暗示の効果)で頭痛や不定愁訴などの心因性の軽い症状なら治っていたでしょうね。
今でも催眠状態をトランス状態といういうことがあるのは、この磁気説からの言葉だそうです。

この話(偉大なるメスメル)には蛇足ながらニジンスキーの話が出てますね、伝説によりますと、ジャンプしたまましばらく降りてこなかったとか・・・・
(「くくく・・・」と鳴く、青池保子さんのマンガの鳥さんとは何の関係もありません(笑))


富江と

最近、伊藤潤二さんの描いたホラー漫画「富江」が菅野美穂主演で映画化され、レンタルビデオ屋の棚にも並んでいます。
 この「富江」という作品が世に出たのは第1回楳図賞(月刊ハロウィン、1987年2月)に佳作で入賞したからなのですが、その時の選者の一人に菊地先生が入ってました。ネムキ別冊3月号伊藤潤二ワールドという本にその時の論評が載っていましたが、なかなか辛口の論評でした。まあたしかに当時の絵はとてもうまいとは言えない物でしたが・・・。
伊藤潤二さんも好きな本の3番目に「魔界シネマ館」をあげておられました。ということで、今回は単にこんなところで関係がという小ネタでした。
それと伊藤潤二さんに「ニードリッパー」みたいな短編をマンガ化してもらうと、絵柄が合うと思うんですけど、どうでしょう?


霧と霧の国

今回は「癒し人の伝説」に出てくるキーワード「」に関することです。「霧」といえば、Sキングの短編で「」というのがあり、とある田舎のスーパーマーケットが霧に包まれ、化け物のたぐいが襲いかかって来るという小説がありました。「妖獣界 紅蓮児」が「霧」のイメージを元に書かれたのは菊地先生も後書きに書いておられますね。
ところがこれが「癒し人の伝説」の「霧の国」という言い回しになると、少々意味が変わってきます。シャーロックホームズの作者であるサー・アーサー・コナン・ドイルが神秘学や降霊会に傾倒していったのは有名な話で(エジンバラの妖精写真にもかかわっている)晩年に書いた小説に「霧の国」があります。
ロストワールドの登場人物のチャレンジャー教授が裁判で心霊能力の是非を争い、負けて改心するという話ですが、霧の国というのはあちら側の国(霊界)という意味で使われています。
癒し人の「霧の国」が本当にここからきているかどうかは不明ですが、雑学の一つとして覚えておいても損はないでしょう(^_^)


ボウィナイフ

原作・B・ストーカーの吸血鬼ドラキュラを菊地先生が文を書き天野喜孝さんが絵を描くという、ジョブナイルとはいえとんでもない企画の痛快冒険文学16の「吸血鬼ドラキュラ」皆さんはどんな感想をお持ちでしょうか??
 原作とはアレンジや拡張解釈で若干違う部分があるのですが、その一つがキンシー(クィンシー)氏が持っていた匕首もしくは短刀が、いかにもアメリカらしいボウィナイフになっていたことですね。
ボウィナイフとは基本的には大型(全長30センチ以上)で刃の反り返ってつかのついたナイフなのですが、ボウィというのは人名からきています。
ジム・ボウィという人物は、西部の英雄にしてバッファロー狩の名人で、ナイフを使った決闘の名手、詐欺師で奴隷商人、1836年、デービー・クロケットとともにアラモの砦で187人の戦友と2000ともいわれるメキシコ軍を相手に戦って戦死しました。伝説によると重傷を負ってベッドに横たわったまま、メキシコ軍に2丁拳銃を撃ちまくりながら息絶えたともいわれています。
開拓当時のアメリカを思わせる小道具を持ってくるところは、面白い演出だと思いました。


USのotaku.comで・・

 最近はジャパニメーションといって、海外での日本アニメの評価も高いようです。
で、菊地アニメがあちらでどうなのか、調べてきました。

A Wind Named Amnesia (風の名はアムネジア) 吹き替え(TAPE)、字幕入り(TAPE、LD)が売ってます。
Vampire Hunter D (FILM) (吸血鬼ハンターD) 吹き替え(TAPE)、字幕入り(TAPE、LD)
Demon City Shinjuku (魔界都市新宿) 吹き替え(TAPE)、字幕入り(TAPE、LD)
Darkside Blues(ダークサイドブルース) 吹き替え(TAPE)
Wicked City(妖獣都市)  値段わからず、18禁扱いです。紹介で麻紀絵がMakiになってたのはご愛敬(^_^)
この情報は、USAのこちらのサイトから仕入れました。興味のある人は飛んでみてください。
と、覗いていたら、あちらではもうDVD版が出てるじゃないですか。日本のメーカーは何をしてるんだか(^_^;)


魔法医師ニコラ

 今は絶版になっているサンリオSF文庫で翻訳をされているのは知っていましたが、最近でも翻訳をされているんですね。
『魔法医師 ニコラ』原作ガイ・ブースビー 菊地秀行 訳・解説 小学館 という本が出ていました。ニコラという、不思議な薬箱を持っている医師が、チベットの秘境で不老不死の秘密を探るというお話です。

偶然ですが、昭和30年に発行された、訳/西條八十の世界大衆小説版も持ってるので、新旧の比較をしてみました。
本の大きさはほぼ同じ、ただ昔の版に、A・ブラックウッドの「古い魔術」「憑かれた島」「犬のキャンプ」が併録されているのは活字の大きさが違うからです。
    
西条八十/訳 版             菊地秀行/訳 版
1955.5.20 小山書店           1997.10.20 小学館
世界大衆小説全集7           地球人ライブラリー
文体は時代もありますが、訳者が変わるとこれほど変わるのかと思うくらい違いますね。菊地先生の方がずっと平易に書いてあります。たとえば

西條八十・訳
「世間には、猫という動物には一種の霊気があって、その助けを借りれば、どんな奇々怪々な魔術でも行い得ると信じている人たちがいます。」

菊地秀行・訳
「世間には、この猫は僕の使い魔で、この猫の力を借りて、ぼくがいろいろ驚くべき魔法を行っていると言う者がいる」
といった感じですね。

なお西条八十さんの後書きによりますと、水田南陽外史の「魔法医者」はこれと同じ話だそうです、さらに当時の編集者が小説の参考のため水田南陽さんを訪問されたそうです。齢80歳を越えてお元気だったそうですが、本を訳したことはすっかり忘れておられたそうです・・・。
補足として、ブラックウッドの一連の作品は角川ホラー文庫「心霊医師ジョン・サイレンス」で読むことが出来ます。


こんなところにも後書きが

 菊地先生は本業以外にも、たまにほかの小説や漫画の後書きをすることがあります。中でも面白いなと思ったのが手塚治虫さんのブラックジャック(文庫版)8巻の後書きです。「二人の天才医師」という題で、黒い医師ブラックジャックと白を基調とするドクター・メフィストの対比について書いていたのは、メフィストのファンなら興味深いでしょうね。

しかもブラックジャックは初出から最終回までかかさず読まれていたそうですよ。手塚作品だと他に「マンションOBA」にも後書きがありますね。

後は五島勉氏の「続ノストラダムスの大予言」の後書きも書いてますが、忘れてるかも(笑)


ダンピールとは?

 吸血鬼の神祖ドラキュラ様の息子であるD、の「吸血鬼ハンター D」はよかったですね。ところでアニメや小説中でDのことをダンピールと呼んでいたので、吸血鬼と人間の混血児のことをダンピールと呼ぶと思っているかたも多いでしょう。

 間違ってはいないのですが、ダンピール(dhanpir)というのは、吸血鬼の子供の中でも特殊な能力を持って吸血鬼殺しを職業とする呪術師のことをさします(ユーゴスラビア)。だからDこそダンピールの名にふさわしいハンターなんですね。(参考文献,栗原成郎、スラブ吸血鬼伝説」
ただ、以前、掲示板に来ていただいた留学されているかたによりますと、ダンピールというはっきりした発音ではなく、だんひぁぁとか後半が弱いような発音だそうです。(私もよくわからないです(^_^;))


ダークサイドブルースでのお遊び

菊地秀行・原作 あしべゆうほ・画 でビデオにもなった「ダークサイドブルース」ですが、原作の大きい版の本の方も最近古本屋でよく見かけますので、手に入りやすくなりましたね(^_^)

この本ですが、背景に注意してみていると面白いですよ。最初にカタリが登場するシーンの背景の電信柱には、なんと「秋せんべい店 創業150年」なんて広告が出てますし、後ろの方のビルの看板などには、どこかで聞いたことのある名前がちらほら。

 他にも同じように遊んでいるシーンがありますから、一度じっくり背景を眺めてみてはいかがでしょうか・・・。



クォヴァディスとは

 細かい話ですが、「魔女医シビウ」でのメフィストとシビウ、、コミック版のメフィストとDr モヒカンで、弟子たちが師匠のDrファウストに呼びかけるときに「師よいずこへ?(クォヴァディス)」と叫ぶシーンがありますね。

この「クォヴァディス」とは、映画にもなった有名な小説の題で、ローマ時代の貴族とキリスト教徒の少女の恋の話です。小説の最後で、暴帝ネロの弾圧でローマから逃げ出そうとする12使徒の一人ペテロの前に不思議な人物が現れます。するとペテロは地面にひざまずいてこういいます。

クォ ヴァディス ドミネ(師よ、いずこに行きたまうか?)

不思議な人物(キリスト)は、お前が私の民を捨てるなら、私はローマに行って再び十字架にかけられようと諭します。そしてペテロはローマに戻り処刑されました。

神様みたいな師匠に呼びかけるには、ちょうどいい言葉なんですね。コミック版では本当に神様でしたが・・・。


映画JMにて

 95年に公開された映画、「JM (JOHNNY MNEMONIC)」で、主人公の記憶屋ジョニー(キアヌ・リーブス)が記憶のキーワードを覚えるシーンで、背景に流れていたのは、アニメ魔界都市新宿のOPシーン。魔導士レヴィ・ラーと十六夜京也の親父が剣で戦っているシーンでしたね。
ちなみに原作はサイバーパンクの旗手、ウィリアム・ギブソンの「クローム襲撃」(ハヤカワSF文庫)に収録の「記憶屋ジョニー」ですが、いまいち仕上がりが・・・・、北野武が出演したことでも有名ですね。しかしキアヌ・リーブス、コッポラのドラキュラの時はたいして印象もなかったのにマトリックスでああ化けるとは・・。