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3.夢を運ぶネコ
 暖炉の薪のはじける音で、ホーレソレは目を覚まし、辺りを見回しました。
 一見ゴージャスな部屋。グランドピアノやテレビ、ラジカセ、そして暖炉のある部屋。
「・・公爵のお屋敷のお部屋?」
 ホーレソレは初めはそう思いました。だけどそれは違いました。
「どうして私はここにいるのかしら?どうでもいいけど。」
 そういいながらもホーレソレの心には不安がいっぱいでした。そこがどこだかわからないからです。
 彼女はとりあえず窓の外を見ました。外は大雨で何も見えません。おまけに窓ははめ込み式で開閉は出来ませんでした。
 次にドアに向かいました。しかし、ドアもまたただの飾りで、下の方に不思議の国のアリスのお話に出てくるような小さな扉があるだけでした。そこはぱたぱたとちょっと押すだけで開閉しますが、とても通り抜けられる大きさじゃありません。
 部屋から出ることが出来ないとわかったホーレソレは不安をどんどん大きくしました。
「なに?なんなの?この部屋・・。これは夢?どうでもいいけど。」
 すると扉の向こうで足音がしました。
 ニャッ ニャッ  
 その奇妙な足音はだんだんこちらへ近づいてきます。
「なんか怖い・・。でも超かわいい足音かもーー。どうでもいいけど。」
    キィーー  
 その足音の主は、頭でそのぱたぱたドアを押し開けて、入ってきました。
「ネ・・ネコ?!」
 そう、それは紛れもないネコでした。白い白い子猫です。でもどこか普通のネコとは違います。
「気が付いたのにゃ?ホーレソレ。」
 ネコはかわいい高い声でホーレソレに話しかけました。ホーレソレはさっきまで感じていた恐怖と今目の前にいるかわいい生き物とのギャップに混乱しています。
「あ、あなた誰?ここはどこなの!?ど・・どうでもいいけど。」
「僕は『トロ』にゃ。ここは『トロのお部屋』ニャ。あにょね、僕ホーレソレと一緒にいれて嬉しいのニャ。」
 トロと名乗るネコは無邪気に話しました。ホーレソレはこのネコが見た目と同じにほよほよーんとした性格だと言うことがわかりましたが、油断はなりません。それにどうして、自分はこのトロの部屋にいるのでしょう。
「じゃあ、トロ。私はどうしてここにいるの?私夢を見ているのかな。どうでもいいけど。」
「ホーレソレの夢は僕が叶えたニャ。だからもう夢は終わったニャ?」
「えー?!なに、どういうこと?夢を叶えたって・・。」
「僕ネェ、ホーレソレのことが大好きなのニャ。将来結婚して欲しいのニャ。だからホーレソレの望むことなんでもするのニャ。」
「結婚?!何言ってんの?ばっかじゃなーい。どうでもいいけど。」
「ホーレソレ言ったニャ。僕聞いたニャ。」
「なにを?」
「お姫様になったらいいな。勉強しなくていいもんって。」
「え?」
「だから僕、ホーレソレを公爵のお姫様にしてあげたニャ。」
 ネコはホーレソレを上目使いで悲しげに見ました。
 ホーレソレはびっくりしました。
 確かに自分が公爵の養子に選ばれたと使者が来たとき、冗談だろうと思いました。でもラッキーとも思いました。公爵家と言えばほうれん草自治区で王様のような存在。その娘となればお姫様です。欲しい洋服もアクセサリーもなんでも手にはいる、そして勉強もしなくていい、いつも綺麗にしてお姫様してればいいのです。もう普通の高校生とは違います。
 公爵家に迎えられたホーレソレは夢のようなすばらしいお屋敷、そして自分に与えられたかわいらしい部屋にうっとりしました。今までは妹と同じ部屋でしたから、一人で広い部屋を独り占めできるのが何より嬉しかったのです。
「シルバー王女を見てれば、お姫様の気楽さがわかるわ。12の悪い癖を持っていても王女としてやっていけるんだもん。どんなわがまま言っても許されちゃうんだもん。私にだって簡単にお姫様出来るわ。」
 ホーレソレはそう思って全然不安になんて思いませんでした。
 でも現実は違いました。確かに学校には通わなくて良くなりました。公爵の屋敷の方に先生が出向くからです。朝から夕方までみっちりとある勉強。ダンスの練習から、礼儀作法の練習、政治をするための学校で習った「社会」とは全く違う実践的な経済学などなど・・。しかも学校のように休み時間もありません。雑談をする友達もいません。マンツーマンだから居眠りもできません。ただ、ホーレソレは自分の部屋にいてそこにとっかえひっかえ先生がやってくるのです。どの先生もその世界では一流で教え方が早くホーレソレは頭がパニックになりました。1週間でホーレソレはイヤになりました。
「もういや!公爵の娘なんてとんでもないわ!どうでもいいけど!」
 そう叫んで・・・。
「ホーレソレが、もう公爵の娘はいやって言うから僕、助けてあげのニャ。僕の部屋なら誰もホーレソレを苦しめにゃいの。うれしい?」
 トロの言葉にホーレソレは愕然としました。公爵家のお姫様になれたのも、ここにいるのも全部このネコの仕業だったのです。このかわいらしいプワプワの白ネコが。
「あなたは私の願いを叶えるって言うの?・・じゃあ、私をお家に帰して。元のお家よ。お父さんやお母さん、お兄ちゃんに、妹がいるあの狭いけど私の家に。私の願いを叶えてくれるんでしょ?」
 ホーレソレは、白いネコの細い肩を揺らしました。
「・・それは出来ないのニャ。だって、元に戻したらホーレソレまた同じ事でしょ?学校行かなきゃいけないよ。そうしたら僕と一緒にいられないもの。そんなのいやニャー。」
 白ネコはその大きな目から大きな涙をこぼしました。ホーレソレは言い得ぬ恐怖を感じました。もう二度と元の世界に帰れないかもしれないと思ったからです。
 青くなってるホーレソレを見て、白ネコは涙を拭いて急に無理矢理笑顔を作りました。自分が泣いたのでホーレソレが悲しんだと思ったようです。
「ホーレソレ、笑って。僕、ホーレソレの笑顔が好きニャ。ほら、ホーレソレが寂しくないように、お友達も用意したのニャ。」
「お友達?」
 トロはドアのそばを指さしました。不意に部屋の隅が明るくなって、ソファが現れました。
「あっ!」
 そのソファの上にはトロと同じくらいに小ささになったキャーベッタ、トマトマト、ウメケロ、ゴマータ、レンコポッチがぬいぐるみのように並んでいました。
「みんな!」
「ホーレソレだケロ!」
「ホーレソレ!」
 小さくなったみんなはどうやら口はきけるようですが、体は動かないようです。
「みんなをどうしたの?!早くもとに戻して!!」
「それは出来ないニャ。だって、元に戻したら部屋が狭くなるもの。お話しさえできればホーレソレは寂しくないニャ。大丈夫。あの人達にはちゃんと夢を叶えたニャ。もう夢はないニャ。心おきなくホーレソレの相手を出来るはずニャ。」
 ホーレソレは、ぬいぐるみにされた5人の元に駆け寄りました。
「まったくどうなってるんだい。体が全く動かないよ。」
「歌は歌えるみたいですわね。」
「ホーレソレだけ元のままだゴマ!」
「なんだか体がだるいっち・・。」
 ホーレソレは、みんなをぎゅっと両手に抱えて、
「ごめんね・・みんな・・・。絶対に元に戻させるから。」
と涙をこぼしました。そして決心したようにすくっと立ち上がり、白ネコの方にむきました。
「夢を叶えたって言ったわよね。夢を叶えたってね、人間はまた夢を見るの。それに苦労してかなえるから夢なんだわ。あなたに叶えてもらわなくてもいいの!私の夢は私が叶えるし、キャーベッタもウメケロばぁさんもゴマータもトマトマトもレンコポッチもみんな自分の夢は自分で叶えるの。そして叶ったら今度はもっと高いところの夢を叶えるためにがんばるのよ。だからみんなを戻して!私を戻して!!元の世界に戻してよ!あなたが言うように人間は単純じゃないんだから!!」
 ホーレソレの悲痛なまでの叫びに、白ネコのトロはびっくりしたようです。大きな目の玉が白くぬけ、相当ショックを受けたようでした。
「ホーレソレ。僕を嫌わないで。僕、ホーレソレに嫌われたら人間になれないのニャ・・。夢が全部叶わないと人間になれないのにゃ・・。」
 そう言ってぽろぽろと泣き出しました。
「人間にならなきゃ、ホーレソレと一緒にいられないのニャ・・。」
「なにそれ!?超サイテーって感じ!!私、こんなことするあんたなんて大っきらい!!そんな風で一緒にいたいなんて信じられなーい!!」
       ガーーーン  
 不意に鐘を突いた音のような低い音が響きました。ぐらぐらと部屋全体が揺れ、崩れだしました。
 とっさにホーレソレは野菜の精5人の上に被さりました。
「きゃーーー!!」
 足下の床が感じられなくなって、思わずホーレソレは叫びました。




「それでは、ホーレソレさんはある日突然に公爵令嬢の抜擢を受けたと・・。」
 ネギックがメガネをキランとさせて質問すると、ホーレソレのお母さんはうなずきました。
「本当に突然でした。どうしてそうなったのかはわかりませんが・・・。公爵様のいうことなら私たちは従うしかありませんし・・どうでもいいことですけど。」
 さすがにホーレソレのお母さん、口癖も一緒です。
 そうして話を聞いていると急に二階から
     どーーん
という音が聞こえました。
「なに?」
 シルバー王女はあまりの音の大きさに驚いて、見上げました。
「2階にはホーレソレの部屋がありますの。どうでもいいことですけど。」
 すぐにシルバー王女とその一行は二階に上がりました。  すると、そこにはあの行方不明になっていた6人が倒れていました。
「ホーレソレ!!他のみんなもなんだな!!」
「大丈夫?」
「しっかりするんだ、ベイビィーー。」
 トモロコフスキーは思わず駆け寄り、ホーレソレを抱き起こしました。
「ん・・・」
 ホーレソレが目を覚ましました。目を開けると目の前にトモロコフスキーの顔があったので、思わず、
「イヤーー!痴漢!!離してーー、どうでもいいけど。」
と、ひっぱたいてしまいました。
「ひどいな・・。痴漢だなんて・・。」
 トウモロコフスキーはたたかれた頬を押さえながら悲しそうに、言いました。
「あ、ごめん。トモロコフスキーだったのね・・。ってことは、戻れたのね!どうでもいいけど。」
 他のみんなも徐々に気が付きだし、駆けつけていたシルバー王女らに事情を話し出しました。


「不思議なこともあるものね・・。一体なんだったのかしら・・。」
「白いネコ・・。あ、そうなのだ!確かホーレソレの部屋に皆が倒れていたときにベットの近くに小さなネコのぬいぐるみが落ちていたのだ・・。拾っておいて忘れていたのだ。」
 アラエッサはそう言ってベストのポケットから取り出しました。
 それはずいぶんと古いネコのぬいぐるみでした。
「あら、これは、トロちゃん。」
 ホーレソレのお母さんは懐かしそうにそのぬいぐるみを見ていいました。
「お母さんしってるの?どうでもいいけど。」
「覚えてない?あなたが小さいときにいつも一緒にいたネコのぬいぐるみ。あなたこれがないと寝られなくていつも一緒に寝てたじゃない。」
「あ・・そう言えば・・。」
「忘れられてて悲しくてホーレソレに会いに来たのかもしれないねぇ・・・。」
 ホーレソレはぼろぼろの白ネコのぬいぐるみを抱きしめました。
「ごめんね・・。」
 ホーレソレは小さくつぶやきました。
「私、もう公爵家には戻らない。やっぱりうちがいいの。ね、お母さん。」
 そういってホーレソレは公爵家に断りの電話をしました。
「ホーレソレですけど・・。」
「はい?どちら様ですか?」
「え?公爵の養子にしていただいた・・。」
「公爵は養子などとってないですよ。あなた何言ってるんですか?いたずらですか?」
「どういうことなの?」
 どうやら公爵の養子の件は白紙に戻っているようでした。そういえば、白ゴマになったと聞いたゴマータも元の黒ゴマです。
 それを聞いてキャーベッタとウメケロばぁさんは急いで電話をしました。 キャーベッタは所属のアイドル事務所に、ウメケロばぁさんは家に。
 するとアイドルデビューの話も、宝くじの話も白紙に戻ってました。二人はがっかりしました。
 それを見てトマトマトが
「私はもう温泉に行ってきたからネェ。私だけが得したみたいだね。」
と笑いました。


                                ---END---

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