ねこ猫ヒカル
第4部

【2話 壊れたお風呂】

 猫特有の病気だというなら、猫仲間に聞くのが簡単だ。ちょうど次の日身の回りの警護にきた伊角に聞いてみる。
「伊角さん、聞いてるの?だからぁ・・熱くなったりするんだよー。」
「はぁ・・。」
「そいで・・ぎゅーーーっとなって・・きゅーーっとなって・・どうしようもないの!」
「ぎゅー・・できゅーですか・・。」
「そういう病気、何?」
 ヒカルが大きな身振り手振りで、ヒカル自身の体を自分で抱きしめて悶えたり、もじもじしたりするのをみても、伊角にはとんと見当がつかなかった。
「別に病気とかじゃないんじゃないですか?」
「そうかなぁ・・。」
「単に・・気持ちが乱れているというか・・。塔矢様とケンカでもされたんですか?」
「もう!みんなそういう!お母さんも塔矢とケンカしたの?ってしょっちゅう聞くんだよ。そんなわけないじゃん。オレ達、仲良しだもん。」
「ならいいんですけど、ヒカルの君の場合、どう見ても健康体で元気いっぱいだし、むしろ毛艶もいいくらいだし、ほんと、病気ではないと思いますよ。それに私の知る限りでもそんな症状の病気はありませんし・・。でも・・強いて言えば・・。」
「強いて言えば?」
 ヒカルが乗り出すと、伊角はちょっと赤くなって、
「あはは。そんなことヒカルの君にはまだ早いですし、ありえません。」
と、濁した。そんな風に隠されると気になるのが世の常である。
「何?ねぇ、何?伊角さん、笑ってないで教えてよ。」
「いや、そんなこと、私の口からは申せませんよ。いつかその時がきたら・・まだ何年も後だとは思いますが、そういうことがあったら佐為の君から特別講義があるでしょう。」
「佐為の特別講義・・?なんかやだなぁ・・。勉強しないといけないようなことなの?」
「そうですね。でも男子であるならば一度は通る道。その時が来れば自然にわかるものです。」
 伊角はそう弥勒菩薩のように微笑んで去っていった。

「結局、わかんなかったじゃーん。」
 ヒカルはうまく誤魔化されたと後で思い返して気付いて、ムッとした。
「何がわかんなかったの?ヒカルちゃん。」
「あ、ううん。なんでもないよ。お母さん。」
「そう。・・あ、そうだわ。お風呂の調子が悪いんだったわ。電話しなくちゃ。」
「お風呂の調子?」
「そうなの。うちのお風呂をあっためる機械がね、最近調子悪いの。火が消えちゃってたいてるつもりなのに全然熱くなってなかったりね・・。」
『ふーん。お風呂も体調悪いんだ。オレと一緒だなー。』
 ヒカルは軽くそう思った。しかし晩になって、裏で粘っていたお風呂の修理屋さんがねをあげた。食事をしている父、アキラ、ヒカルの所に母が困った顔で現れた。
「お風呂ねぇ、直らないって言うのよ。どうしましょ。新しいのにしないと駄目みたいなのよ。あなた。」
「修理できんのか?」
 父は3杯目のおかわりを自分でよそいながら言った。父はこう見えても常にご飯を3杯は食べるので、自分で好きなだけよそえるように、一番近くにおひつが置いてある。
「うちのお風呂、私たちがこの家に来たより前からあったものだから・・相当古いのね。部品がないそうよ。」
「そうか・・。この家はこの古い日本家屋が気に入って中古で買ったものだからな・・・。あちこちガタがくるのも仕方なかろう。」
「そうね。じゃあ、新しいのに変えてもらいましょうか。でも、そうするとお風呂5日くらい使えないらしいのよ。」
「銭湯に行けばいいだろう。」
 モクモクとご飯を食べながら何気なく聞いていたアキラは「銭湯」という言葉ひっかかって数回頭で唱えた。そしてあらぬ事を想像してぶーーっと吹き出した。
「何だ、アキラ。汚いだろう。」
「塔矢、お米飛んだよー。」
 アキラはあわてて口に手を当てて目を白黒させながら、
「す、すみません。」
と言った。
「喉に詰まったの?アキラさん。あわてなくても誰もあなたのおかずを盗ったりしませんよ。」
「いえ・・・。別にむせたわけではなく・・。」
 アキラはドキドキする胸を押さえて、落ち着くために息を吸い込んだ。そして、
「ボクは銭湯は反対です。」
と言った。
「どうしてだ?銭湯はいいぞ?」
 父はいぶかしげに言った。
「お前も小さい頃は好きでよくせがんだじゃないか。いまだに壁には富士山の絶景が描かれているらしいぞ。私もずっと行っていないしな・・久しぶりに銭湯もいいじゃないか。」
「ねぇねぇ、せんとうって何?富士山のぜっけいっておもしろい?」
 ヒカルは父の話す銭湯という場所がとても楽しそうに思えてワクワクした目で聞いた。それを横のアキラはいやそうに顔を歪ませる。
「銭湯っていうのはな、それはそれは大きな風呂なんだ。そこにすばらしい富士山の絵が書かれているんだよ。きっと猫も気に入るだろう。」
 父もワクワクしたヒカルを見て、一緒にドキドキしだした。父の顔には「ヒカルを連れて銭湯に行き、喜ぶ顔が見たい!」と書いてある。
 しかし、そのほんわかムードを壊すように、アキラが勢いよく立ちあがった。
「駄目です!進藤を銭湯になんか行かせませんよ!」
「なんでだ?」
「えー、オレ行きたーい。」
「大体、銭湯なんて、たくさんのその他大勢の輩がわんさといるんですよ。そんな中、進藤を連れて行ったら・・行ったら・・進藤が危険じゃないですか!」
 アキラがその後「進藤の綺麗でかわいい裸をその他大勢の人に見せるなんて許せない。大体最近しばらくボクだって見てないのに!」と言おうとしてぐっと堪えると、そんな息子のジェラシーな気持ちを知らない母が苦笑して、
「そうねぇ、ヒカルちゃん、裸になったら猫だってわかってしまうものね。耳は隠せてもしっぽまでは・・・裸になればわかってしまうだろうし・・。」
と、妥当な無意識フォローを入れた。
 アキラはその言葉に一瞬ぽかーんとしながらも、頭の中を整理してそれがとても妥当で適切な回答だと気づき、
「お母さんの言うとおり!」
と、まるで自分もそう思っていた!とばかりに言い切った。
「まぁそうだな。猫がこんな変わったネコだとわかると・・いろいろ面倒だろうしな・・。」
 父もそれはそうだと頷いた。
「えー、オレも富士山のぜっけーみたいよー。」
 ヒカルだけが不満を口にしたが、聞き入れられなかった。
 そうしてアキラの心配は回避されたのだが、それは一時的にすぎなかった。
 次の日、母がいい情報を仕入れてきたのである。さすがに数日もヒカルを風呂に入れないわけにはいかないだろうと、母が銭湯に交渉に行ったのである。
「特別に明日の夜中、銭湯が終わった後に貸し切りにしてくださるそうよ!これでヒカルちゃんも富士山を見られるわね。」

 大勢の前でヒカルの裸を披露する事態は避けられた。しかし、別の意味でアキラを悩ませることになるのだった。


                     
                      
                       

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