★ヒカルの碁 小説★

「家族会議」
<2>

「これから、第76回目の家族会議をはじめます。」
 父は、こほんと咳払いをして開会の挨拶をした。ただの家族会議なのに嫌に物々しいが、いつものことなので誰も気にしない。それどころか、アキラはきまじめに
「よろしくお願いします。」
と手合いの前のような丁寧さでそれを受けていた。
「今日のテーマだが・・・。」
 そこまで言って、父の言葉は濁った。母に目配せをする。
「?」
 その様子にアキラは不思議そうな顔をする。
「実はアキラ・・おまえのことを話し合おうと思う。」
「ぼ・・僕のこと?」
「おまえの将来についてだ・・。」
「え?将来?お父さん、僕はもうプロの棋士です。将来は決まっていますが・・。」
「違うのよ、アキラさん。」
 アキラはさっぱりわからない。
「え?進学のことですか?進学はちゃんと高校にも行きますし、大学にも・・。現在テストの成績も海王で常に10位以内に入っていますから、そんなに心配をかけることもないと思うのですが・・。」
 アキラは、他にも親が心配しそうなことを考えたがいっこうに思いつかなかった。
「そういうことじゃない。アキラ。」
「ではどういう・・。」
「アキラ、中学に入ってから時々帰りが遅いそうだな。」
「え?あのそれは別に・・・。碁会所とか、棋院によったりしているだけですよ。」
「確かに碁会所にはよっているようだな。市河さんからきいているよ。」
「そうですか。」
 アキラはほっとした。
『あらぬ疑いだ。お父さんが気づいてるはずがない。僕が碁会所の前に寄っているところのことなど・・。』
 アキラはまた父から視線を外した。それを見逃す父ではなかった。
「しかしアキラ、おまえを思いもかけなところで見たということも市河さんからきいているよ。」
「え?」
「それに、たまに市河さんに車で送ってもらってるそうじゃないか。」
「・・・・・。」
「葉瀬中に。」
「!」
 アキラは驚いた。しかし、その驚きは一瞬で、すぐに冷静沈着ないつもの顔に戻った。
「進藤君は葉瀬中だったね?」
「お・・お父さん、僕は・・。」
 アキラは、父や母がいつのまにか、自分が進藤ヒカルに会うために葉瀬中に通っている事を知っていたのだと思うと、一気に背徳感が強まった。会うために・・・といっても実際に会っているわけではない。こっそりのぞいているだけなのだ。時にはグランドのフェンスから、時には校門の影から、垣根の間から・・・ヒカルの教室がよく見えるビルの屋上も見つけた。そのために最大24倍ズームの双眼鏡も買ったくらいだ。最近背も伸びつつあり、日々大人への変化が見られるヒカルの貴重な姿を残しておきたくて、デジカメも買った。銀行に振り込まれるお金だと、急激に使っていることが親に心配をかけると思い、碁会所での指導碁に熱を入れて、こつこつ貯めていろいろと密かにそろえたのだ。それなのに・・あっさりばれているとは・・。
『一体どんないいわけをしたら、父と母を納得させられるだろうか。もし・・ここでそういうことはやめろと言われても・・僕は自分の気持ちを抑えられない・・。』
 きっとした唇をかみ、アキラが考え込んでいると、母から発せられたのは、思いもかけない言葉だった。
「水くさいじゃないの。アキラさん。」
「そうだ。どうして言ってくれないんだ。」
「・・え?」
「いや、今からでも遅くはないな。明子、どうだろうか。来月あたり引っ越すというのは。」
 父の言葉に、アキラは耳を疑った。しかし、それを母は
「あら。私もそう思っていましたの。でも進藤君の家ってどこかしら。アキラさん知ってる?ご近所に空き地があるといいわね。」
と、にこやかに受けた。
「し・・進藤の家?えっと、それはだいたいはわかっていますが・・じゃなくって!引っ越すって・・引っ越すってなんで?!」
「しかし、空き地があったとしても家を建てねばならないからな・・。うーん。すぐに引っ越しというわけにもいかないか・・・。」
 父は真剣に考えている。
「あら、でも転校ならすぐにできるじゃなくて?葉瀬中に。」
「それは名案だ。明日にでも海王中に申請を・・・。」
 父と母はアキラの動揺をよそに盛り上がっている。
「ちょっ、ちょっと待ってください。お父さん、お母さん。」
「どうした?アキラ?」
「引っ越すとか転校とか何の話ですか?」
「アキラさん、あなたのためよ。」
「そうだ。アキラ。おまえが進藤君と仲良くなりたいと思っているのは知っている。そして、おまえが自分からそんなに誰かと仲良くなりたいと思ったのは初めてのことだろう。私たちは親として、おまえが進藤君とより仲良くなれるためにだな・・。」
「そうよ。近所になれば簡単に遊びにも行けるし、クラスメイトになれば、毎日学校にいる間、進藤君を見ていられるのよ?」
「すばらしいだろう。アキラ。」
「そ・・それはそうですが・・。じゃなくって!」
「なら問題ない。」
「うふふ。お母さん、楽しみになって来ちゃった。」
 アキラは、心底両親がここまで自分のことを思ってくれるのを幸せに思ったが、はっと我に返った。
『そうだ・・。僕には壮大な夢が・・。引っ越したり、転校したらその夢がついえてしまう・・。』
 アキラははしゃいでいる父と母にはっきりと言った。
「お父さん、お母さん・・その必要はありません。」
「アキラさん?」
「僕は、近所の幼なじみでもクラスメイトでもなくても、彼をつかまえる自信があります!」

<3>へ続く