「キミとひざまくら」
恋のシャレード番外編
《その2》

 ログハウスでバトミントンの羽根とラケットを借りて、ヒカルは軽くラケットを振ってみる。
「なつかしー。小学生の頃はあかりに誘われて公園でやったりもしたけど、中学になってからは全然やってねーしなー。」
 ネットが風を切る抵抗感が、ヒカルをワクワクさせる。
「ほら。こっちはおまえの。」
 レンタル代を払い終えたアキラに、ヒカルは緑のラケットを渡す。ヒカルのラケットは黄色だ。
「あっちの方の広く空いてるところでやろうぜ。」
 ヒカルは器用にラケットにバトミントンの羽根をのせて、軽くポンポンと落とさないように打ち上げながら歩いていく。途中坂になっているところがあって、羽根を落としそうになった。
「うわっっと・・。」
 ヒカルはあわてて羽根に気をとられ、隣にいるアキラに軽くぶつかる。
「あ、わりぃ、わりぃ。」
 ヒカルは軽く謝って、落とした羽根を拾った。その様子を黙ってじっと見ていたアキラの目が光る。
 ヒカルが拾った羽根を再びラケットに乗せると、アキラはさっとその羽根をつかむ。
「およ?」
 アキラもヒカルのまねをして、ラケットの上に羽根を置き、ポンポンと同じように打ち上げだした。
「なんだ、おまえもやりたかったのか。」
 ヒカルは真剣な面もちで羽根を打ち上げるアキラを子供みたいでかわいいと思いながら、にこやかに見守った。どう見ても、アキラにラケットは不似合いだった。きっとバトミントンなんてヒカル以上にやったことがないに違いない。アキラの子供時代はきっと部屋で碁ばかり打っていただろうから、こういう外での遊びを自分が教えるというのは悪い気がしないと思った。なんといっても、いつも偉そうなアキラの初めてやる遊びをどんどん自分が教えることができるのだし、初めて羽根を打ち合うのが自分というのも悪くないとヒカルは思った。
 アキラは案の定、慣れていないせいか最初は3回くらい打ち上げると落としてしまった。しかし、アキラは自分で羽根を拾い、根気よく打ち上げる。数回失敗したところで、驚異の上達を見せ、すぐにヒカル並みには打ち上げながら歩けるようになった。
『・・完璧超人か・・こいつ。』
 ヒカルは涼しい顔で初心者とは思えない回数を打ち上げるようになったアキラを見ながら冷や汗が流れた。しかも、初めてから3分も経たないうちに、羽根を前後左右に打ち上げ、それを複雑なラケットさばきで打ち上げたりもした。
「お、お前、結構上手だな。やったことあるの?」
 ヒカルは背中にラケットを回して打ったりするアキラに、苦笑いしながら問いかけた。最初はどう見ても初心者の手つきだったのだが・・。
「いや、初めてだよ。」
 アキラはにっこりとヒカルに笑いかけた。もう今、アキラは羽根を見なくても、確実にラケットのネットにのせていた。
「へ・・へぇ・・。」
 信じられねぇ・・・と言う顔をするヒカルを見て、アキラは心の中でにやりとほくそ笑む。
『さて・・、もう羽根を僕の思うように扱えるようになったし・・先程立てた作戦を実行しようとしよう。』
 アキラは、颯爽と歩きながら、ヒカルがよそ見をしたりして隙ができるのを見計らい、わざと足をかくっとくじく。
「うわぁ。」
 ちっとも驚いていない棒読みの叫び声をあげながら、アキラは、ヒカルの身体にぶつかり、羽根を落とす。見え見えの演技なのに、ヒカルはびっくりして、
「だ、大丈夫か?」
と、自分も予期せぬ事によろけながら、アキラの事を気づかった。アキラは心の中でくすっと笑いながら、
「いや、ごめん。平気だよ。」
と、言いながら、ヒカルの布越しの体温を味わう。ヒカルはアキラの演技に全然気がついていないみたいだった。
『使える・・。』
 アキラは、再びラケットで羽根を打ち上げながら歩く。そして、何度もヒカルにぶつかっていった。
「おまえ・・もしかしてわざと?」
 ヒカルは5回目になってようやく気がついた。3回目辺りから、倒れてくるアキラの手が、ヒカルの腰に回されたり、お尻の辺りをかすっていったり、ぶつかった時に腕にほおずりしたりしてくるので、だんだんヒカルも「なんかおかしい」と疑いはじめたのだ。
「わざとだって?!ふざけるな!」
 アキラは得意技の『逆切れ』を執行した。大抵ヒカルはこれでなんでも許してくれる。というか、怒っていたことを忘れてしまうので、アキラは困るとよく使用した。今回も例外なくヒカルは疑惑の視線をアキラに投げつけながらも、
「今度ぶつかったら、わざとだって思うからな!」
と言って、なるべくアキラから離れて歩いた。アキラもそれ以降は羽根をラケットで打つことなく、手に持って歩いていった。ヒカルがちらちらとアキラの方を見ながら、警戒している。
『ふふ・・ぶつかるなといいながら、そんなにボクのことを意識して・・。本当はぶつかって欲しいんだね。進藤。ん?もしかして、ぶつかるだけじゃ物足りなくて、押し倒して欲しいのかい?ふふ・・いくらボクでもこんな広い原っぱの真ん中でキミのかわいい乱れ姿をみんなに見せられるほど心が広くないんだ・・。』
 アキラは、悦に入りながら、妄想を膨らませてニヤニヤしながら歩いていた。そんな様子を見て、ヒカルは、
『また、なんか変なこと考えてる・・。やべぇな。塔矢の奴を早いところ、バトミントンで体力消耗させなきゃ。』
と、身の危険を感じ、作戦を立てていた。
「こ、ここらへんで、もうやろうぜ。周りの人に邪魔にならないようにやれば平気だろ。」
と、ヒカルは目的地までの間に何をされるかわからないと思い、人はまばらにいるものの、打ち合うには支障のない辺りで妥協することにした。あんまり人がいないのも余計にあぶない。自分の身が。
「ああ、いいよ。」
 アキラも承諾した。
「あんまり変な方向にとばすなよ。人に当たるとダメだからな。」
 ヒカルはたったっと走って二人の間に距離を開ける。アキラの後ろは森が広がっている。多少ヒカルが無理なスマッシュを打っても周りには迷惑にならないだろう。ならば、アキラの左右にバラバラに打ち込んで、体力を消耗させようと思った。アキラは普段運動はしなさそうだし、こんな日の当たるところで激しい運動でもすれば、きっと疲れて、ヒカルのことをどうこうしようとかそういう事を考えられなくなるはずだと思った。
「どうした?サーブして。」
 羽根をじっと見つめたまま、なかなか打ってこないアキラにヒカルは大きく手を振って催促した。
「もしかして、サーブの仕方わかんねーのかな?」
 そう言えば、アキラはバトミントンは初めてだと言っていた。ヒカルは、アキラの方へ駆け寄った。
「オレからサーブするよ。羽根かして。」
「ああ。」
 おとなしく羽根を渡すアキラに、ヒカルは
『やっぱり、こいつ初めてなんだ・・。へへっ、なんかうれしー。』
と、なんだかお兄さん的な気分になった。
『オレが塔矢に教えられるんだ!しっかし、ほんと、囲碁以外やったことないんだな。かわいそうな奴。』
 そう思いながらもヒカルはアキラが生まれて初めてやることを一緒にできることを幸せに思った。
「いくぜー?」
 ヒカルは、かるーく楕円を描かせて、アキラの元へ羽根を送る。アキラは先程一カ所で打ち上げることはマスターしたといっても、初心者だ。相手から柔らかく飛んでくる羽根の動きを読めないのか、軽く当てるのが精一杯だった。力無い感じで、へろへろと羽根がヒカルの元へ届くものの、ヒカルが打ち返せるほどのものではなかった。
「まぁ、そんな感じ。すぐ慣れるよ。お前、のみこみ早いし。」
 ヒカルは地面に落ちた羽根を拾いながら、アキラを励ますように笑って言った。
 しかし、アキラはヒカルが考えもつかないようなことを考えていた。
『ああ・・進藤が打った羽根をボクが打ち返す・・。その羽根をまた進藤が打ち返す・・。なんてめくるめく二人だけの世界。二人の間に行き交う羽根はまるで僕らの愛の天使・・。バトミントンってなんて素敵なんだ・・。ボクは開眼した思いだよ!進藤!』
 アキラは、あまりにおいしいこのゲームにヨダレを流しそうになった。多分アキラにとって、ヒカルとやれることならなんでも感動に繋がるのだろう。お手軽簡単な幸せである。まあ、それも愛ゆえなのか。
 ヒカルはアキラがそんな事を悶々と考えているとは知らず、無邪気に羽根を打ってくる。アキラはふんふんと鼻息を荒くして、ヒカルの愛・・・もとい羽根を落とすまいと力一杯羽根を打ち返す。
「うわぁ!お前、もうちょっと緩やかに打てよ。毎回スマッシュしてちゃ打ちあえねーだろ。」
 ヒカルはちょっと口をとがらせながらそう言った。アキラを疲れさせる作戦なのに、強いスマッシュばっかり打たれたらこっちの身が持たない。
「いやぁ、すまない。君への愛の強さがついついでてしまうよ。」
「なんだって?」
 アキラのつぶやきは遠く離れているヒカルには聞こえない。アキラは、ふふっと笑って、
「なんでもないよ。」
と、声を大きくしてヒカルに伝えた。
「なんだ?また変なことでも考えててんじゃないだろうな・・。」
 ヒカルは、疑いのまなざしでアキラを見る。アキラは涼しい顔をしておとなしくヒカルからのサーブを待っている。
「気のせいか。」
 ヒカルは、気持ちを入れ直して、サーブを打った。しばらく穏やかな撃ち合いが続く。
『塔矢のやつもだいぶ慣れてきたみたいだな。そろそろ難しいのを返しても平気かな?あいつを疲れさせねぇと・・。』
 ヒカルがそう考えていると、急にアキラの目が見開かれ、ヒカルとはちょっと離れたところに視線を釘付けにしている。そして、ヒカルの返した羽根を思いっきりその視線の先に打ち返す。
「どこ打ってんだよ。あいつ。」
 すごい勢いで放たれた羽根はまるで野球のボールのようにまっすぐに飛んでいき、レジャーマットを引いてくつろいでいる男性の近くの地面にめり込んだ。
「うわぁ!」
 その男性も驚きの声を上げている。ヒカルはあわてて駆けていって、
「すみません。」
と言って羽根を拾おうとする。羽根は信じられないことに、地面に半分めり込んでいる。それほどまでに強いショットだったのだ。
「あいつ・・。」
 ヒカルは苦笑いをしながら羽根を拾って、男性に会釈をし、アキラの所へ駆けていった。
「お前!なんだよ。今の。」
「あいつは敵だ!」
「はぁ?」
 アキラはぎらぎらとした目でまだターゲットにした男性の方を睨んでいる。ヒカルはその視線を阻むようにアキラに近寄った。
「あぶないだろ?なんであんな力一杯打ってんだよ・・。急にさ・・。」
「あの男、キミのことを見ていた。」
「へ?」
「キミの後ろ姿をまじまじと見ていたんだ。キミのことをじろじろじっくり見ていいのはボクだけなのに。」
 アキラの怒りが全身から伝わってくる。アキラの周りは怒りの電波でびりびりしていた。
「なにいってんだ。お前の勘違いだろ?」
「もっと言うと、反対側の男も、キミの顔をさっきからちらちらと見ている。けしからん!」
「・・なに訳のわかんないこと・・。」
「キミはもっと自分の魅力に気づいた方がいい。そして、その魅力を独り占めしていいのは運命の恋人同士であるボクだけなのに、あいつら・・。許せない!」
 ヒカルは、アキラの興奮状態に眉をひそめる。
『こいつ・・やきもちか??』
 アキラのやきもちが厄介なことはヒカルは身にしみてわかっている。
「さっきははずしたが、今度は仕留めてやる・・。進藤。羽根を!」
 アキラは気合い十分である。今羽根を渡したら、本気で今度は男性にプロ野球の投球並みのショットをお見舞いするだろう。男性の身はきわめて危険である。ヒカルは、しょうがなくアキラの手をぎゅっと握る。
「進藤・・。」
 アキラの怒りのオーラが一瞬和らぐ。ヒカルはさっとアキラの手からラケットを奪い取る。
「これ、返してくる。」
 ヒカルは、これ以上はバトミントンを続けられないと思い、ログハウスへ向かった。
『塔矢の奴・・あれじゃ疲れてないだろうなぁ・・。はーぁ・・。』
 ヒカルはあきらめのため息をついた。

--3へ続く--



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