「キミとひざまくら」
恋のシャレード番外編
《その3》

「どっか座ろっか。のんびりしようぜ。」
 ヒカルは、きょろきょろと辺りを見回した。
「ああ、座るなら、ボクが場所をとってあるよ。」
 アキラは、一段と大きな椎の木を指差して言った。
「え?とってある?」
「ああ、ござをひいてあるよ。特等席だ。」
「ふ、ふーん。」
 ヒカルはいぶかしげにアキラを見た。事前に用意してあるなんて何かあるんじゃ・・と警戒する。だいたい、いつ用意したのか?
 アキラの先導についていくと、少し小高くなっている丘の上に大きな椎の木があって、その下に広々としたござがひいてある。二人が並んで寝転がっても十分余裕がある大きさだ。
 しかし、辺りの見晴らしはすこぶる良く、ヒカルがもっとも恐れていた木陰に連れ込まれて何か変なことをされるという心配はなさそうだ。それに、椎の木の葉ずれの音が心地いい。
 ござのそばには立て看板が立ててあった。
「『塔矢組・予約済み』・・・なんだこれ?」
「ここは僕たちの場所って事だよ。こうしておくと誰もここをとったりしないからね。いつも花見の時期には一門の人たちとお花見をするけど、同じように場所をとっているんだ。」
 正月の書き初めのような立派な太い筆で白い看板いっぱいに「塔矢組」と勢いのある達筆な字で書いてあれば、普通の人はちょっと怖くなって、そりゃあ、場 所を横取りしようとは思わないだろう。しかもそこに、着物の威厳ある親分と、白いスーツの子分なんかが来たりしたら、ますます誤解されそうである。そ う・・ちがう「組」と思われるだろう。いわゆるおそろしい「組」だと。
 ヒカルの額を冷や汗が流れた。
「進藤?さ、遠慮しないで座るといいよ。疲れたろ?」
「いや、疲れてなんかねーけど・・。そ、そうだ!お前、のど乾いてない?」
 靴を脱いですっかりござの上で二人でくつろぎたいモードになっているアキラの横に簡単に座るのもなんだかやばい気がして、ヒカルは飲み物を買いに行くのを口実にしようともくろんだ。
 しかし、アキラは、にっこりと笑って、
「飲み物?飲み物ならあるよ?」
「え?どこにだよ。」
「まぁ、いいから、ここに座ったら?」
 アキラは、自分の傍らを、ポンポンとたたいて、ヒカルに座るよう催促する。
『・・・しょうがねぇな・・。』
 ヒカルは、しぶしぶスニーカーを脱いでござに上がり、アキラの隣に座った。でも、用心のために、簡単に触れないよう距離は少しとる。
「で?飲み物あるってどこに?」
 ヒカルは、口をとがらせながら周りを見渡すが、ござの上には何もない。
「待って。キミは何を飲みたい?」
「えっと・・じゃあ、コーラ。」
「そう。ボクはお茶にしようかな。」
 アキラはそう笑うと、突然、椎の木の幹を拳で思いっきりガツッと殴りつけた。
「何やってんだ?」
 ヒカルが、唖然とすると、案の定殴られた木の葉がひらひらとござの上に落ちてくる。
「え?」
 ヒカルは目を疑った。落ちてきたのは葉だけではなかった。
  ゴロゴロゴロ・・
 葉と一緒に落ちてきたペットボトルがござの上を転がる。アキラは何食わぬ顔で、ボトルを拾い、
「はい。キミの分。」
と、ヒカルにコーラをさしだした。受け取るとコーラはしっかり冷えていて、たった今冷蔵庫から出したようだった。
「・・・??」
 ヒカルは、困惑しながら椎の木の豊かな枝の間をじっと覗いた。大きな枝を四方に伸ばした大木は、葉の間にたまにちらちらと光が差すくらいで別に何も変わったことがない。
「おっかしいなぁ・・。どうなってるんだ?」
「どうした?」
 不思議そうに上ばかり見ているヒカルを,アキラはにこにこ笑いながら見ている。ヒカルは、
「だって・・これ・・。」
と、コーラの出所を問いただそうとするが、アキラの笑顔になんだかきけなくなる。
「まぁ、いいや・・。」
「進藤。もしかして、お腹も空いているのかい?もうお昼時だしね。」
「あ・・うん。そうだな。じゃ、オレなんか買ってこよっか?あっちにたこ焼きとかお好み焼きとか売ってる所あったよな。」
「いや、お弁当も用意してあるよ。用意しようか?」
「え?用意って・・。」
「お母さんが僕たちの記念すべき公園デビューを祝して、朝から張り切って作ってくれたよ。」
「公園デビューって・・お前、それ日本語間違ってる。」
「?」
「まぁ、いいや。っていうか、お前手ぶらじゃん!弁当なんてどこに・・・。まさか・・。」
 ヒカルは、立ちあがって、木の幹に手を当てて、立派な枝振りの間を探した。
「また木の上から落ちてくるんじゃ・・。」
 ヒカルはじっと目を凝らす。ついでにお弁当の匂いがしないか、鼻もくんくんときかせてみる。
  パチ パチ
 匂いの代わりに、聞き慣れた音がどこからともなく聞こえてきた。
「碁石の・・音??」
 それは紛れもなく碁石の音だった。しかも随分近くから聞こえる。ヒカルは、椎の木の太い幹の向こう側を覗き込んだ。
「え?塔矢・・センセイ?!」
 ヒカルたちのいる反対側に、小さな座布団ほどの畳が敷いてあって、そこに、見慣れた格子柄の着物を着た人物が座って一人碁を打っている。アキラの父、塔矢元名人だ。
「なんでこんなところで碁を・・。」
 ヒカルの声に塔矢元名人はゆっくりと首をあげた。
「おや。進藤君。」
 名人は表情一つ変えずにそうつぶやいて、着物の袖の中をゴソゴソとし始めた。そして、箸くらいの長さの棒を1本取り出す。その棒を碁盤の上に立て、じっと見て
「うーむ。」
と、考え込む。
「もうこんな時間か。失敬失敬。碁を打ち始めたらついつい夢中になってしまったようだ。もうお昼ご飯の時間だったのか。」
「お父さん、日時計で時間を確認しなくても、ボクと進藤のラブラブ会話をきいていればわかることですよ。」
 いやだなぁ、ははは・・と笑いながらアキラは父の打っていた碁盤をよいしょと持ち上げた。塔矢元名人は碁笥を傍らにあったかわいらしいカントリー調の布が底に貼ってある籐の籠に二つ並べて入れ、
「どうぞ。」
と、ヒカルに渡す。
「ど、どうも・・。」
 何となく受け取ってしまったものの、これをどうしようというのか。
 二人に畳の上のものをすべて渡すと、元名人はすっくと立ちあがった。そして、木の幹をノックする。
「任務完了したぞ。」
 そう言うと、がさがさっと木の上の方で枝が派手に揺れはじめた。ヒカルはいやな予感がして上を見上げようとしたが、それより早く、空から自転車が降ってきた。ママチャリに乗った塔矢家の母「明子」である。自転車の前のカゴには保冷ボックスが乗っかっている。
 一人驚いて言葉もでないヒカルをよそに、塔矢家の3人は実に冷静だった。元名人はさっさと自転車の荷台に横座りに乗った。
「アキラさん、健闘を祈る!」
 母はそう言うと、親指を立ててアキラにウインクした。
「ラジャー。」
 アキラも同じように親指を立ててにやりと笑った。
「おほほほほほ。」
 母は高笑いと共に、自転車のペダルを神の速さでこぎ、土煙を上げてみるみる間に去っていった。荷台には塔矢元名人を乗せて。

--4へ続く--




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