呪いの水車−vol.01

Elqfainllowtyさん・作

「ふふ、なんて馬鹿な」

 もっと私は普通の人間にならなければいけない。
 語り部など要らぬ、そんな人間でいなければならない。

「だって・・・そうだろう?」
 彼女は『僕』に話し掛ける。

「『私の物語を語る』というコトは、未だ私と言う存在が普遍的存在ではないか
ら、なのだろう?」
 確かにそうだ。

 僕が彼女を語るのは彼女に何か特別な存在意識を感じたからだ。
 そして、その先の運命を、僕自身も知らないから。

 そして、知ってみたいから。
 だから僕は彼女を追っているんだ、と思う。


―――――――――――(呪いの水車−vol.01)――――――――――――――


 つい先日の事だ。

 私は六番街の街外れに、大きな古い水車が在る、と言う話を聞いた。
 その水車は全歯車駆動の永久式で、作られてから数百年も経つにも関わらず、
水が枯れる事以外の原因で止まる事無く、ずっと動きつづけてきた

 しかし、最近になり、数百年動き続けてきたその水車が、突然動かなくなって
しまったらしい。
 丁度、四番街をあてにして、見事スルーした単にとって、その話題は十分興味
をそそるものだった。

 早速五番街を四番街を後にして、五番街へと向かう。
 単の心は妙に落ち着いていた。

 その原因は全てを失う覚悟とか、そういう大層な物ではない。
 ただ、彼女の心内は自分がどんな目に遭おうが『それが自分の意思の基の結果
であれば良し』
 と、いう生まれつきの性格がその答えとなっているだけである。

 五番街を歩く彼女の足取りは軽かった。
 四番街と密接な位置関係にある五番街は多少ながらも、四番街と同じように都
会と言う感は少なく
 そう、どちらかと言えば衰退してゆく街のような気質で満ちていた。

 コンクリート瓦礫をひょいと飛び越えて、又軽いステップを踏む。
「ふふ、楽しみ」
 目的は別として、彼女は、まるでデートに行く途中の少女のような、そんな台
詞を呟いた。
 表情も晴れやかである。

 しかし、そんな彼女の傍を通り過ぎる人々の会話は決して穏やかな物ではなかった
 過ぎ行く人たちは六番街に近付くにつれ、水車の話題をする人々が目立ってくる。

「又・・・・ったってよ、こえーなぁ・・・」
「壊した方が・・・・・・そうか、・・・・・・だか・・・」
「人が・・・・・今日で29人目・・・・流石に・・・・」

 聞くまでも無く、歩けばその話題についての情報が手に入る。
 どうやらその水車・・・・地元の人間は『オーブファル』と呼んでいるそうだ
が、そのオーブファルが止まってから、街中に様々な異変が起こっている、とい
うコトらしい。
 止まった日時は今から一ヶ月ほど前、本当に前触れも無く、オーブファルはそ
の働きを止めてしまったらしい。

 街のシンボルだったオーブファルが、数百年も続いていたその働きを止めた、
という事は、忽ち街中に知れ渡る
 勿論、匠人がオーブファルを直しに掛かり始める。
 しかし、何処を改修してもオーブファルはその歯車を一向に廻そうともしない。
 遂に寿命か、と街中にそんな噂が漂い始めた頃、街中である奇妙な現象が起こ
り始めた。

 まず最初に、改修に携わった匠人達が。
 次にその工事を依頼した街の役人が
 次にオーブファルの付近に住まいを置く人々が、次々にある共通の夢を見るよ
うになったのである。

 内容はわからない、が、それが悪夢だという事は何となく分かった。
 それは見始めた日から絶えず毎晩見続けるようである。


「夢・・・かぁ・・・」


 単は微笑みながら、そう呟いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

「最近、夢について研究する機会が増えてね、夢について段々そのメカニズムが
分かってきたよ」
「研究・・・・メカニズムって・・・でも貴方の専攻って、超考学でしょう?」
「ああ、勿論 論線は超考学上での話さ」
「そもそも、夢っていうのは人の思考の中に存在する記憶が、睡眠時等と云った
所謂 五感が働かない時に整理される際に見る物とされている」

「時に単、想像と言う行為を行う際、君ならどういう行為を行う?」
「え・・・・想像?」


「――――そう、それだよ、夢とは」
「え?」

「今、君は『想像』という行為を『考える為』に『目を閉じて考えた』」
「つまりそういう事なんだよ、人は『自分の意識の基、瞳を閉じて考える事』を
『想像する』と云う言い方にした、だが『自分の意識の範疇に無く、瞳を閉じて
考える』と言う行為には明確な言い方が無い」
「・・・・それこそが『夢』なんだ」
「夢は『想像』の一種、それどころか同義でもある」

「しかし、ここで一つの疑問が出てくるだろう、その疑問は『自分の意識外で
『考える』と言う行為が在り得るのか』と言う疑問だ」

「確かに、そうね」
「人間は・・・・いや、それどころか全ての生命は、常に進化しようと云う働き
を、自らのプログラム(遺伝子)に組み込まれて生まれてくる
 まぁ、ここでは説明し易いよう、人間を『生物の代表』としようか、先に述べ
たとおり、人間は常に進化しようとする、と
 では進化してゆくにはどんな事が必要なのか、それは『考える事』『動く事』
のどちらか、或いはその両方により良い効率化を計る事が必要だ
 そうだね・・・・例えば『三メートルに上に浮いている風船を取る為に、人は
どういう行動を取るか』を例にあげてみよう。

 あらゆる行動が予想できるが、最も普遍的な行動として・・・・先ず自分がそ
の位置まで物理的接触する事が最優先だろうから、足場を高くすることを誰もが
考える筈だ
 そうすると周囲を見て椅子や木箱、有れば脚立、梯子等を探すだろう、そして
気の利いた人間なら風船を掴む為に手袋まで探してくる
 そして足場を確保し、その足場がしっかりと足場として機能するかどうか確認
する、その上でその足場を利用し、風船を掴む
 後は降りて全ての行動が終了する・・・・

 他には何か長物を持ってきて寄せる等、色々工夫がある筈だが・・・まぁ全て
を上げる事は控えて・・
 今の順序の説明には何の不自然も無い筈だし、この説明をすれば名詞、言葉が
理解できればどんな人間も行う事ができるだろう
 だが、実際はもっと多くの行動が必要だ、例えば足場を探す、と言っても足場
になりうるような『物』の選定。
 箱は箱でも木箱は持ってくるが、ダンボール箱を持って来る者は居まいし、木
箱は木箱でも脆そうな物よりも堅固に出来ている物を持ってくる方が良い
 しかし実際、そんな事を考えるだろうか? 答えはNOだろう
 足場が必要だと思った瞬間、足場となりうるものは頭の中にある程度、その条
件に見合った物が想像され連想される
 つまり一つの事を考える為には、それに付随した様々な想像や思考が同時に働
き出す、と言う訳だ
 しかし、その付随した分の想像量は勿論、自分の意志で想像した分の数百、数
千倍もの量に及び、脳内で行われる処理作業は死ぬそのときまで行われる。
 その処理が最も盛んに行われる時間は、情報収集が途絶える時間帯、つまり睡
眠時間がそれに当たる。
 睡眠時間に行われる処理は恐ろしいほど膨大で、通常、人間が生活している時
間帯の数千倍の速さで処理が行われるそうだ。
 だが、余りにも多い処理を行い続けると脳内の処理が追いつかなくなり、未処
理の情報が脳内に一時的に残る。
 その情報が睡眠時の人の瞼の裏に印象(イマージュ)された物、それが夢の本当
の正体であり、夢を見るメカニズムなんだ」

 夢の中で見るイマージュはどれもこれも非現実的な物が多い、それは今言った
バグが原因だとされている。
 だが、それをそのまま脳が放置する事は無く、結果が『正しく処理されて導き
出された結果なのか』という検査の段階でそのバグは正しく処理され直し、本来
受けるはずだった処理を受け、正しい情報として脳内に蓄積される。
 ・・・・・だから、夢は覚めてもあまりその内容を覚えていないんだ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 夢は、考える事に同意で、見る事に同義する。
 考える事は非現実で、見る事は現実。
 その中間に位置する『夢』は、現実か非現実なのか、覚めた時、一瞬判断に迷
う事があるのはその為だろう。

 彼はそう付け加えた。

 夢は漠然とした意味で捉えられがちだが、実際は輪郭がはっきりとしているも
のなんだ、と少しだけでも分かって欲しい。

「でも、貴方は『そう判断するべきだ』とは言わなかった、何故?」
 足を止めて、単はその問いかけを呟く。

 答えるべき人は、今、単の傍には居なかった。
 代わりに応えたのは風の音。

 人の声が聞こえなくなったのは太陽が赤く暮れ始めているから。
 晩秋の夕風は、木枯しよりも寒くて、寒風よりもやや温い。
 人々の会話は既に屋内へ持ち込まれている。

 単の表情は今もまだ、微笑を崩さない。
 街の人の、最後の言葉。

「やはりあれは水車の呪いなのだろうか」


 その台詞が誰の言葉よりも強く心の打ち込まれた。
 そして、歩き続けるその先に、ぼんやりと六番街が見え始めている。


to be continued...

2002.10.31

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