呪いの水車−vol.02

Elqfainllowtyさん・作

 六番街は他の街と比べ、少しその毛色を変えていた。
 そもそも、位置関係からしてもそうである。

 一番街から十番街までの内、六番街と十番街のみが その他のどの街とも隣接をしていない。
 しかし、十番街は地下街であるし、現実は上下関係でどの街とも行き来できるので、・・・やはり、六番街のみが隔離されているといって過言では無い。

 五番街から六番街へと続く道はある種、旅路にも似ている。

 如何せん、長い。

 道中は決して暇をする事は無いが、途中宿場などがあるあたり、そういう捉え方をする人間が少なからず居る、という事になる
 そしてヒトエはその道を歩いてきた。

 砂の風がビルの隙間から、この道に迷い込んでくる。
 細かい粒のみが通行を許可されている 入り組んだ狭いビルの隙間には、今も山積みのダンボールが重ねられている。
 雨風に晒されてくたくたになってしまったそれらは、少しづつ風化してゆく。

 目にも見えない細かな粒となりて、誰にも知られないような存在になる、それはある種、人間の一生のようで。
 だから単は、その傍を何事も無かったように、何のイヴェントすら起こさぬように通り過ぎていった。

 六番街のゲートは他の街と比べ警戒が緩かった。
 理由は適当に誤魔化せば良いし、そう、強いて言えばそれは有ってないような検問 (ゲート) だった。

「何処から?」
 そう聞かれて、単は久しぶりに他者との会話の口を開く。

「三番街から・・・・観光に来ました」
「入れ」

 ゲートが開く。
 本当に開いてしまった。

 単は、本気マジ義理ウソかは別として、それでも他人と仲良くやっていた。
 然るべく、様々な友人から様々な情報を聞く事が出来た。
 単の友人Aの証言。
『事前の通知をしている、或いはある程度名が通っている、若しくは事前に情報が通じている以外の場合、ゲートの通過は不可能に近い』

 それが一言の遣り取りでゲートが開く。
 通れるに越した事は無いが、逆に不安にもなる

「通っていいの?」
 と、思わず単は聞き返した。

 警備は答えた。
「今、この街に入りたいと思うものは、居ない」

・・・・・・・・

 街は、閑散としていた。
 水を打ったように静まり返っている。
 その静けさは、ある意味世界の終わりすら思わせる。
 肌色、砂色、黄土色、灰色、色彩は単純で、しかしそれ以上に単純な空しさが、この街の印象だった。





 人が、一人も居ない。

「どういうことだ?」
 聞こえてくる音は風の音と、時折頬を叩く砂粒の音。

 バサバサと衣服が風に靡いている。
 新品の筈だった衣服は、その価値を失っている

――――――――――――――

 単が街を歩いていて、それ以上の事を、どう伝える事ができるのか。
 何せ何も記す事が無く。
 ただ、風が吹き
 ただ、歩き
 ただ、彷徨う
 目指すのは人の影
 そしてオーブファルは何処にあるのか

 何も無い時間が、昼を夜へと変えてしまった――――・・・

――――――――――――――

 結局、何も見つからぬまま、入り口さえも見失った。

 単はとりあえず風を遮り、熱を保てる場所に腰をおろした。
 街中抜け殻のようになった高層ビルの群れは、彷徨い人にはありがたい存在だった。

 食事は簡単だった。
 無人のコンビニはそれでも客に満足を与えるだけの価値はあった。

「只今ー」
 有りっ丈の食料を詰めた袋を抱えて、単はビルの一室に入り込んだ。

「・・・・・・」
 本当に、何もない。
 単は並べられた椅子の一つを寄せて、顔を突っ伏している

 とりあえず何か食べようか。
 取り出したゼリードリンクを飲み干して、大きく息をついた。

「ふぅ・・・さて、と」

 どうして誰も居ないのか、では無く。
 この街に何が起こったのかが知りたいのだから

 ならば、私は何を知ればいい?


「しまったな・・・こうだと知っていればキーパーに予め聞いておけばよかった」
 急に寂しくなって、単は膝を抱えて顔を押さえつけた。

 誰に聞こうと思っても、その『誰』すら居ない今、この現状で、単は途方に暮れていた。
 外に吹く風は、とても乾いたその手で部屋の窓を叩く。
 ガタガタと鳴るガラスはさっきから落ち着かず、少し五月蝿かった。
 そして、それ以外の自然音を鳴らさない室内に、単の息遣いだけが小さく小さく聞こえている。

「一人ぼっちかぁ――――・・・・」

 寂しいなぁ・・・

・・・と、単は又、今まで見た事の無いような表情を見せた。
 一人の時の単は、誰にも見せないような表情や仕草を数多く取る。

 勿論、それは単以外の誰も知る事が無く、又、単自身も、誰にも見せる事は無いと思っている。
 単は・・・・・

 単は・・・・・

 単・・・・即ち、私は・・・

 人生は舞台だ、と言われているが、あれはよく言ったものだ。
 だから人は、その舞台に立ったとき、身も心もすべてを偽ろうとする。

 そう考えると、私は、とても不器用な人間だと思う。
 一人になって、喜びや楽しみも失う代わりに、傷も痛みも無い無感覚の状態で居る事を望んだ。
 たくさんの人が寄り添って、傷つけ合いながらも幸せを目指す生活に、どうしても馴染む事が出来なかった。

 だから私は一人を選んだ。
 辛く苦しい事は分かっている。
 だけど、手にした喜びの上限よりも深い痛みが有るって知っているから。
 全世界の喜びを喪失させるような、そんな痛みを知ってしまったから。

 その苦しみは、今後私が死に絶えるまでに味わう孤独感よりも遥かに大きい、と・・・思う。
 今もはっきりと覚えている。

 心の傷は癒える事は無い。
 一人が、良い。

――――――――――――――――――――――

 窓の外は、何時しか大分収まっているように見えた。
 相変わらず人の気は無い。

 落ち着いた呼吸で単は寝転がった。
 既に今日は言動の限界だった。

 次第に瞼が重くなり、やがて単は眠りについた。


・・・・・・


 そして夜、月の光に照らされたビルの影に走る影が、六番街の外れへと向かっ
て、一筋の風を吹かせた。


to be continued...

2002.11.11

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