「はぁ〜い、お待たせぇ。たまちゃん特製カレーでーす」
「おっ、さんきゅ」
あのあと、しばしの無言の抱擁を破ったのは、ふたりの腹の虫だった。相変わらずムードがない、と大笑いしながら、ふたりは一緒に夕食の準備を始めた。
一緒に旅をしていたほんの短い間。その時間がそのまま続いているような錯覚を、轍は覚えた。玉恵も同じように感じていたのか、ふたりともこの3年間の話は何もしなかった。
玉恵は、まったく変わっていなかった。そのことが轍には涙が出るほど嬉しかった。
玉恵が帰っていった世界で、変わらずにいるには、きっと大変な努力が必要に違いないから。
そうわかっていたからこそ、自分から口火を切らなくては、と轍は考えた。
このまま何もなかったように楽しい時間を過ごしていたい、という誘惑は抗いがたかったけれど。
「……それで、玉恵、どうしてここに……?」
「ん……とね、最初、ドアの前で待ってたの。そしたら管理人さんが来て、どうしたの?って聞くから、『親戚なんですけど』って云ったら、『彼女って云えばいいのに』って笑って開けてくれたよ」
「そうじゃないだろ」
スプーンを口にくわえて、玉恵は少しうつむく。叱られた子供のようにうなだれる姿も、あのときと変わっていない。轍の胸に愛しさと切なさが、広がっていった。
「そっちに行っていい……?」
轍の隣を目で指しながら、玉恵が小さく呟く。
轍が頷くと、その隣に腰を下ろし、そして轍の胸に顔をうずめた。
栗色の髪を、轍が優しく撫ぜる。
「お前、もしかしてまた……」
逃げてきたのか?と轍は考えた。さっき読んだ記事のことが頭をよぎる。
滝沢財閥の後継者を選ばなければならなくなり、いよいよ玉恵の婿選びが避けられない事態になってきたのだろう、ということは容易に想像がついた。
もし逃げてきたのなら、今度こそ俺は……そう云いかけたが、玉恵の答えは、轍の想像とはまったく異なっていた。
「勇気を……もらいにきたの」
「勇気……?」
「あのときと同じ……。オーロラに自分から手を伸ばす勇気……」
ちくり、と胸の奥の小さな棘が痛む。
玉恵は目を閉じたまま、言葉を続けた。