「あのあと……ね、私、少し期待したんだ」
「期待?」
「そう。もしかしたら、お父様も少しは変わってくれたんじゃないかって。私のこと、一人の人間として考えてくれるんじゃないかって」
「……」
「でもね、そんなに甘くなかった。一目見るなり、引っぱたかれたわ。『恥さらし』って云われて」
唇を噛み、玉恵は拳を握り締めた。その手を轍の手がそっと包み込む。
玉恵は拳を開き、轍と指を絡ませた。
「悔しかった。だけど、そのおかげで覚悟が決まったの。負けるもんかって。絶対言いなりになんかなってやるもんかって」
そこで玉恵は顔を上げ、轍の瞳を見つめた。
「だから、私、まだ独身なんだよ。ちゃんと操を守ってるんだから。誉めて」
「……えらい」
相変わらず変な言葉を覚えてるな、と苦笑しながら、轍は玉恵の頭を撫でた。
本当に子供のように嬉しそうな笑顔を浮かべ、再び玉恵は轍の胸にもたれる。
「だけど、ね」
目を閉じる。
「お父様、倒れちゃった」
「……ああ、記事は見たよ。大丈夫なのか?」
「うん、今のところ命に別状はないって。ただやっぱりストレスと過労のせいだから、これまでと同じような生活をしてたら危ないって」
「そうか……」
「うん……。それでね、ほんの気まぐれだったんだけど、おかゆを作ってあげたの」
「玉恵が?」
「そう。お父様なんて大嫌い、って思ってたけど、やっぱり私のこともストレスのひとつだったのかな……なんて思っちゃって」
「……」
「もしそれでまた下らないことをって突っぱねられたら、今度こそ出て行こうって思ってた」
「……それで?」
「泣いちゃった」
「……え?」
「私が作ったって云ったら、最初、すっごい驚いてて……。文句云われるかと思ったけど、何も云わずに食べてくれたの。それで……食べながら泣いてた、お父様」
「……」
「それで改心してくれたって期待するほど、私ももう甘くないよ。多分、体壊して弱気になってただけだと思う。だけど……ね。もう若くない父親の涙なんか見ちゃうと、いろいろ考えちゃってね」
「……」
「確かにお父様は私の意思なんかお構いなしだった。でも、だからといって、私のことを何も考えてくれていなかったわけじゃないんじゃないか……。エゴの裏返しであっても、私のためを思ってやったくれたこともあったんじゃないかって……」
「……」
「お母様のことにしてもそう……。お父様はお母様を利用しただけだってずっと考えてたけど、でもそれなら、後継ぎを生ませるためにほかに女の人を作ったり……、お母様を離縁したりすることだってできたはず……。そうしなかったのは、やっぱりお父様なりにお母様を愛していたから……なのかな、とかね……」
「……」
「全部、私の勝手な思い込みかもしれない。でも、父親が病気で臥せっているときに、たったひとりの娘が味方してあげられないなんて、あまりに悲しいじゃない?」
「そう……だね」
「だから、私、決めたの。自分の意志で、お父様の手伝いをしようって」