顔を上げ、轍の瞳を正面から見つめながら、玉恵は云った。
誇らしげな玉恵の表情とは対照的に、轍の顔からはすっと血の気が引いていった。
「それは……お父さんの決めた相手と結婚するってこと?」
声が震えている、と轍は自分でも気づいた。
本当のさよならを云うために、玉恵はここに来たのか。俺はそれを受け止めるしかないのか……。
だが、その問いに対する答えは、素っ頓狂な声だった。
「えぇ? なーに云ってんのよ?」
思わず体を起こして、玉恵は轍の目を覗き込んだ。
「え……? でも……違うの?」
「あー、私のことバカにしてるなぁ。何の役にも立たないと思ってるんでしょ」
「い、いや、そうじゃないけど、……じゃあ、どうするの?」
「経営を手伝うんだよ」
腰に手を当てて、高らかに宣言する玉恵。
「経営? 玉恵がぁ?」
「あー、やっぱりバカにしてるー。私、大学では経営学部だったんだよ。MBAの資格だって持ってるんだから」
「……マジで?」
「大マジ」
自慢げに胸をそらす玉恵を、轍はぽかんと口を開けてしばし見つめた。
「それはお見逸れしました」
ぺこり、と頭を下げる。
「わかればよろしい」
玉恵はさらに鼻高々な表情を作り――、そして、目が合うと、どちらからともなく大笑いになった。
再び轍の首に腕を回し、玉恵は猫のようにじゃれついてくる。轍が玉恵を膝の上に抱える形になった。
「それもね、意地の産物だったんだけどね。女がそんなこと覚える必要ないって云われてたから、反発して勉強したんだ」
「玉恵の根性はすごいよ」
「えへへ」
「でも……な」
相変わらず、玉恵は誉められると本当に子供のように嬉しそうな顔をする。
そうした素直さ、無邪気さが、しかし、これから玉恵が生きていこうとする世界では、何より彼女自身を傷つけるのではないか……。轍は、そのことが怖かった。
「……うん、轍の云いたいことはわかってる。ちょっと勉強したからって、経営に関しては素人と同じだし、奇麗事の通じない世界だってことも」
「それでも……?」
「うん……。本当は怖いよ。だけど……だから、勇気をもらいにきたの」
「オーロラに手を伸ばす勇気……?」
はじめの玉恵の言葉を思い出し、轍が呟いた。
玉恵は轍の胸に体を預けたまま、窓の外を見る。東京の空は星さえほとんど見られなかったが、それでもそこにオーロラが見えているかのように、玉恵は手を伸ばした。