Dの日
2005年11月 新宿ロフトプラスワンにて

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昼1時、伊丹発のANA便で羽田へ、そこから京急で品川経由で新宿へ

とりあえず、いつものロフト前です。前の看板には「Dの日」の事が、おんやぁ、なんか開始時間が公式の告知よりも遅くなっていますね。まあ7時半開始だからとたかをくくって、近くの中華料理屋でミニオフ会をしていたら、6時すぎに並んだときには、地下2階から上まで並んでいました(^_^;) とりあえず、並んで入場を待つ。階段では色々と情報交換?




上にもDの日って看板が・・・・ふつーのひとはいったい何をやっているのか全然わからないだろうね、と一同。



今回は座敷の方に陣取ったので斜めからの映像が多いです。写真を写すにはモニターがけっこう邪魔

さて、ロフトのビデオや本の宣伝が終わってから第1部開始です。斉藤さんのマイクで、初めてのかたいますか?というので手を挙げる数人、うん、やっぱりDの威力は凄いなと思いながら開始を待ちます。

と、登場した、黒い影は・・・・






菊地先生でした、この衣装は5年くらい前の忘年怪で使った物ですが、まだこんな水道管で作った剣を持っていていただいたとは・・・。実は長すぎて付けていると座れないので、登場シーンの後ははずしていて、いーの先生を攻撃するときに使ったりしていました(笑)
昔の写真

さて、簡単な今日の予定、芦田監督は9時から10時頃、川尻監督はいつ来るかわからない?とのことで、最初は「Dが出来上がるまでの話」となります。あ、そういえば公式にDのコスをした人はまたやりませんかという告知がありましたが、いくら常連さんでも前日夜中の告知ではきつかったようです。舞台の裾でおひとりやってましたが後は全滅したようですね。

ということで、Dを一番最初から担当されている、朝日ソノラマの編集者、石井さんが登場。





Dの一番最初ですから、1作目の本の話からはじまります。そのとき、朝日ソノラマにウエスタン武芸帳と吸血鬼ハンターDと2本の持ち込みがあったそうで、なぜDにしたかというと、こちらのほうが圧倒的に面白かったから。主人公の設定は、吸血鬼ハンターが吸血鬼でないと弱いんじゃないかと、で、知識があった混血のダンピールという設定になったそうです。

外見で言うと、最初の描写では長い外套ですが、挿絵の天野さんがマントにしちゃったそうでいつの間にかマントが定着してしまったそうです。書きにくかったのかな(笑)、

設定はどうせなら、顔は凄い美男子にして、口数は少なくしようと、で、口数が少ないのを補うために左手さんを付けたそうです。(いわゆる狂言回しですね)基本的にはマカロニウエスタン調の世界を考えておられたそうです。当初左手さんは毒液を飛ばしたり、もっと色々な攻撃手段を使うようにしようとも考えたのですが、それもあんまりなので、今の形に落ち着いたとか。

小説になるまで、直しが一回くらいはいって、全部で3ヶ月くらいだったとか。

この辺で間が持たなくなったので、突然質問コーナーにはいります(笑)
質問とステージと両方で話が続きます。

Dの話ですが作者が死ぬまで終わらないそうですから、皆さんご心配なく

今日はお宝が見られますよということで、末弥純さんが書いたDの原画を特別に見せていただくことに。
末弥さんのカラー版のDは、特集本などに載っていましたね。その時に書いた物だそうです。



↑これです。よく見えませ〜んという声が多かったので、会場内を回して見せていただけることに。

いや〜眼福、眼福〜(^-^) 飯野先生が「俺だったら絶対寄せ書きしちゃうよ」「皆さん、ヒゲとか書かないようにお願いします」と御大。



後で回ってきたのを撮らせていただいたもの、よく見るとDの顔の下半分は布で覆面のように覆われています。なんとなく線が太いですね〜。それにちょっと目が怖い。

注目すべき話としては、Dの実写版、話があまり進んでいないようで、ちかく直談判しにいかれるそうです。

別の話として、まだ企画にもなっていない状態ですが、川尻監督がDをまたやりたいという話もあるそうでして、その場合最初の「吸血鬼ハンターD」か「Dー北海魔行」が候補でどちらがいいでしょう? 拍手による投票では圧倒的に北海魔行でした。(この話は後の川尻監督登場に続きます)

あとあちらのSF大会でDのコスとしている人を見た話。(こんな感じっすかね)

12巻まで出ているDの豪華本の話。石井さんの話によりますと、後の巻が出る予定はないそうです。あの本は、丁重な装幀と、ぜいたくな紙を使ったのが売りだったのですが、思ったほどそれがメリットにならなく売れ行きがいまいちだったとか。

書きやすさの話。Dは目的がはっきりしているから、書きやすいそうです。「後の連中(魔界都市など)はぶらぶらぶらぶらしているのばっかりでして・・・」(笑) 

Dは母の顔しか知らないんですよ、だから、神祖をとっつかまえてその辺の理由とか、手をくっつけられちゃった理由とかをはっきりさせたいんですよ」(個人的にとっても注目発言)

お好きな本は、一番最初の話と、「D−北海魔行」、まとまりがいいなと思ったのは、「D−妖殺行」、よくわかんなかったのが「夢なりしD」だそうです。夢なりしDは編集の石井さんも最後つじつまが合うのかどうか心配したそうです。

あ、そういえば、夢なりしDの宣伝で、石井さんが「これはDの夢の世界の話です。」と書いたそうで、思いっきりネタバレしてるじゃないですかと御大・

このへんでケビンさん(Dを英訳版に翻訳されているかた)が登場されたのかな。なぜかマントです。



お子さんもちょっとだけ一緒に舞台に上ったんですが、雰囲気が特殊だったのか、むずかっちゃいましたね、でも可愛い〜。

ここから英訳本に関する話

翻訳で困ったところがあるとどうするかの話。どうしてもわからなかったらそこを切ってしまうこともあるそうですが。「まだ生きてるので困ったときは聞くようにしている」とのこと、菊地先生はなんとなく「まだ生きてる」のところにひっかかったらしいです(笑)。

「英語だと、僕でも私でも俺でもあたいでも一人称はすべてI(アイ)ですからねぇ、翻訳するとき大変でしょう」と御大
その辺は、登場人物を見て、学校の先生なら丁寧ないい方、ならず者なら乱暴ないい方。それとあるていど英語のなまり(たとえばテキサス訛りとか)で対処されているそうです。ちなみにケビンさんが好きなのは妖兵街道のラストシーン(って、菊地先生が覚えてなかったというオチつき) 翻訳作業は5巻くらいまで進んでいるそうで、これから2冊組とか4冊組のシリーズが出てくると大変だろうなというお話。4冊だと1年じゃとてもできないそうですね。

と、入り口の方を見たら、川尻監督と箕輪さんがうろうろしているのが見えました。

突然原稿の話になりまして、「前はもっと字が綺麗だったんですけどねぇ。」と石井さん、一度ゲラが間に合わなくって、生原稿をそのまんまイラストの天野さんのところに送ったところ、読めなくて困ったとか。

「だからサンリオSF文庫は誤字が多かったんですね」といいの先生。(サンリオSF文庫の翻訳をやっていた時のことをさす)
菊地先生によると読めないのは編集が悪いそうです。一番最初にやっていたルポの仕事とか廣済堂のエロ小説の翻訳などでも、読めないと苦情はあったそうですね。

菊地先生はこの間初回作を読み返してみたそうで、「よく喋るし、人を励ます(いじけたダンを男はな〜なんて励ましたことでしょう)なんて、ろくな男じゃないですね」とおっしゃってました(爆)

さて、ケビンさん、石井さんが退場して、川尻監督、アニメーターの箕輪さんが登場されました。忘年怪3以来ですね。どちらもお変わりなさそうです。で、DVDの「ヴァンパイアハンターD」をかけながらのお話がはじまります。

川尻監督編


話題が錯綜しているので適当にまとめます。

妖殺行を選んだのはロードムービー(筋が一本道)で扱いやすいから。

監督が正式に箕輪さんに頼む前にすでにイタズラ書きが電話帳くらいの厚さになっていた(イタズラ書きっていうなと箕輪さん)
Dのキャラクターデザインは最初はもっとごつかった(マッチョ?)ということ、天野さんのタッチを研究しながらすこしづつずらしていったそうです。

たとえば、天野さんだと鼻の線がないのでそれをつけたりとかしてアクションできるようにつめていったそうです。レイラに関しては最初から赤ときめてたそうで、監督によるとキャラデザが上がってきた時点で赤に塗ってあったとか、肩のプロテクターの2重の○も書いたあったそうで、それがそのまま使われたそうです。あと、キャラクターイメージで監督と箕輪さんが一致したのはボルゴフだけだったそうです。

さっきの話に戻りますが、もし、アニメ化するならばという話ではお二人とも、最初のDをやりたいとのこと。北海魔行もいい話なんだけど、もしアニメにするとするならば設定を説明しなきゃならない部分が多すぎるという理由もあるそうです。ちょうど、映画画面で村の保安官がじいさんを詰問するシーンが写っていて、「こういうシーンで説明をはじめちゃうとその部分が見ている人の頭から抜け落ちちゃうんですよね」(箕輪)とのこと

今のデジタルの時代ですが、セル画だと色の調整が難しく、撮影するフィルムも種類によって微妙な色が出ないので、何度もイマジカの撮影所に通ったという話。セル画は何枚も重ねたり順番によっても色が変わってしまうそうで、よく見ると色が変わってる部分があちこちあるそうです。

シャーロットが馬車から降りた池などのシーンはイタリアにロケハンに行ったそうです。でもお金がなくって美術さんと監督二人だけで一週間ほど回ったとか。
(僕は連れて行ってもらえなかったんですよと箕輪さんいじける)

マシラの扱い(一瞬でやられちゃったことね)について、戦う相手が多いのであえてあそこでは切っている。もともと掘りさげるほどキャラをたてていない。全体のバランスを考えた結果だそうです。もし作っていたら狼の群れが雪の中を走るとかも考えたそうですよ。

ラストシーン、原作と違ってレイラの孫娘を出したことは時を越えて生きているということを表現したかったということ。

Dが最後にふっと笑うシーンは自分としては当然だと思っていたので、作画の早い段階で笑う絵はかいていたとのこと(箕輪さん)

映画を3回見てのセル画プレゼントはプレゼント用のセルを作ったんですか?との質問、制作サイドでは全然知らなかった話ですけど、そんなよけいなもの塗ってる時間はありません、だから間違いなく本物ですよということです。

この映画の制作費は約5億、でも今だとその予算ではこれだけ動かせないだろうと言うこと。御大の質問で、「もしいま映画化の権利をぽんと判を押したらどれくらいで出来ますか?」では、やはり実写と違って1年半くらいはかかるだろうと言うこと。

先にも書きましたが、実写の方の契約しているところが他の映画にお金を使っちゃったようで、期間を延ばしてほしいということ。でも契約している間はアニメ化などはできないという縛りがあるそうなので、そのへんをどうするか考え中とのことです。「ジョニーデップにDやらしたらどーですか〜」と飯野先生「そんなことしたら制作費全部そっちに持って行かれますよ」と菊地先生。

「ま、私が還暦になるまでに出来たらいいなぁ」(菊地)とはおっしゃっておられました。

内緒ですけど、Dをやっているときに線の多さがきつくって、マッドハウスのアニメーターさんが何人かやめたとか・・・・、
「Dのような作品でも、くれよんしんちゃんのような単線の絵でも、単価的にはかわらないですからねぇ」と嘆息する監督

前にやった妖獣都市のアニメは最初は45分の尺で作ったそうです。でそれを80分にのばせるかと言われてなんとか伸ばしたそうですね。「だから俺って凄い」って自分で言っちゃうそうです(笑)>監督。どこを伸ばしたんですか?の質問には、車でぶーっと走っているところとか言ってました。

さてとここで一度休憩〜なんですが、末弥さん(魔界都市などの挿絵の末弥純さん)の奥様が壇上に

写真あるんですが、舞台が暗いせいかあまりうまくとれていないのでやめておきます、写真よりもずっと美人なかたでした。

お話の方は、Dをコートにするかマントにするか迷ったこと。
末弥さんの私生活は規則的な生活をしていて、毎日決まった時間まで絵を描いていること。お酒は好きでけっこう一人で飲んでいること、つまみはどうやら自分で用意していること。一人の時は本を読んだり、ゲームしたり、アニメを見たりしていること。

また原稿の話になりますが、間に合わなくって菊地先生の生原稿が送られて来たときは、奥様よりも末弥さんの方が解読?が上手なこと。なんでもひらがなの流れを読むと後はなんとかなるそうです(笑)

ということで、遠いので終電が早いんですといって、お帰りになりました〜。

それと、公式でアンケートしている2月に出るという特集本のアンケートの数が足りないそうで、協力お願いされてました。
飯野先生は8枚くらい原稿を頼まれているそうで、菊地先生の私生活について書こうかと言ってました。さて何を書くんでしょうね?





芦田監督篇

さて休憩が終わりまして初回作の「バンパイヤハンターD」の監督、芦田豊雄さんが登場します。1944年生まれということで62歳ですか、お若く見えますね。こちらも初代の方のアニメを後ろに写しながらのステージです。

菊地先生とは、20年ぶりということです。「いやー今見るとあらがいろいろ目立つ作品でして・・・」とのこと

このアニメが出るまでは、エイリアンの本が売れていたそうですが、このアニメが公開されたとたんに、Dの本が増刷増刷で、菊地先生は家の中で嬉しくて踊っていたそうです(笑)「今はじめて聞きましたが、よかったです〜」と芦田監督

声優さん関係では、塩沢さん(塩沢兼人)は監督がお決めになって、他は制作のかたが決めたそうです。塩沢さんはお酒が好きな方のだったそうですが、そのくせすぐに酔っぱらうそうです。「私もそうですが、飲み始めるとしつこいです」と言っておられました(笑)

上映していると「このへんバイファムのロディというキャラにそっくりですね」と苦笑いされてました。街のシーンのカットで、北斗の拳のケンシロウとユリアらしきのが出てきて爆笑。逆に北斗の拳(劇場版らしい?)にDが1カット出ているシーンがあるそうです。私は覚えがないけど、どなたか探してみてください(笑) やはり監督だけあって、「このシャワーシーンのあたりは、うる星やつらをやってる○○が書いた」とか、「このへんはセラムンの只野が書いていた」とか、今でも覚えておられますね。

エンディングが長すぎると苦情が来たそうです。これの原因の一つは、背景を描くかたに写真集を渡したら、それを全部書いてきて来ちゃったから使ったとか、TMNの音楽が長かったとかの理由があるそうです。シェーンのイメージはもちろんだけど紋次郎(木枯らし紋次郎ですね)のイメージも少し入っているとか。

Dの長剣、新作の時の抜きにくいという話があったとき、この長剣の微妙なカーブがでなくって、ちょうどいい曲線定規がなくって家にあったハンガーを使って書いたそうです。あと麗銀星の円月剣もそうだから、二人の対決はハンガーとハンガーが戦ってることになるそうです。イメージ壊れるよなぁ(ーー;)でも最初の対決でDが月を背景にふわっと浮かぶところは、「私のイメージ通りです」と菊地先生はいっておられましたよ。

昔のアニメでは背景に困ると流線(背景にしゃーっと動きにそって線を引くこと)でごまかしていたそうで、あ、ここでも流線、ここでも流線とちょこちょこ突っ込みが入ってました。

TMN(TMネットワーク)が音楽を担当したのはソニーからのプロデュースだそうですが、そのころのTMNはやっと売れ出したくらいだったので、コンサートに行ったら、ファンの人があんまり売れて欲しくないんですと言ってたというエピソード

劇場版とアニメと両方見たぴんかさんが違うシーンがあるとの質問。これは劇場からビデオに直すときに駄目な部分を手直ししたからだそうです。EDの星のシーンとか、リー伯爵がぐちゃっとつぶれるシーン、これはセル画に顔を作って塗ってそれを乾かないうちにガラスに押しつけてぐじゃっという感じに押しつぶして撮影したのですが、画面で見てみたら失敗だったので、代えたそうです。

質問でなぜ青のタイツになってしまったかということ。これは黒を影に使いたかったから、必然的に黒以外の色になります。とのお答え。見ている方は絵を書きゃ動くと思っているんですが、技術的に色々制約あるんですね。いや深い話でした。

この辺の時点で23時半くらい、ラストシーンに近くなって、舞台の上でも無言で画面に見入る時間が多くなってきました。

で、エンディングです。TMNの「YOURSONG」ですが、菊地先生は何度カラオケに行っても歌えないと嘆いておられました。AMさんは歌えるそうです。

最初、芦田監督が菊地先生の家に行ったとき、先生って呼んだら、照れていたというお話、「私も先生を呼ばれるのには抵抗していたんですが、あるとき海外にいったら、日本人と見ると社長さんとか先生と呼んでくる外国人を見たら一種の記号なんだから、それもいいかなぁと思った」と話しておられました。

「そのころ作画していたり制作していたりしていた連中が、今はTV局とかメディアの中枢の地位に沢山います。同じ時代を共有していたから、感性が同じになってきているんですね。今のアニメってどれを見ても似てると思うのはそういう理由があるのかと私なりに分析しています。」(芦田)

というお話があって第1部終了です。

それにしても、出口の横で箕輪さんがずっとファンにサインとスケッチを描いておられたんですが、かぞえてみたら4時間くらいやっていたような、いやお疲れ様でした。でもライブやりながら横で行列というのも、どこか異様な光景です。なにか交通整理のようなことを考えた方がいいのかもしれませんね。

第2部 ふっかつの日

さてと、なぜか舞台にケーキが運ばれてきます

誰かの誕生日あったっけ〜と思っていたんですが、ちょうど今日、DUNEさんとたかきちゃんが入籍されたそうで、それのお祝いだったそうです。おめでとうございます。たかきちゃんは6年くらい前かな、DUNEさんはもっと前からの知り合いですから、とても嬉しいですね。これから楽しくもあやしい家庭を作っていってくださいね。

それにしてもたくさんあったケーキのろうそくの数、いったいどういう基準だったのでしょう(笑)

私の相方はよく菊地出会い系といって笑いますが、ネットでの活動を10年以上やってると色々あります。菊地系はオフ会とかやってみるとわかりますが、どういうわけか男女比がほぼおなじくらいなんですよね。純粋に菊地系のネットファン活動で知り合って結婚したのは、うちらの前に一組あって、私と相方が2組目、DUNEさんたちが3組目ですね。もしかして4組目もあるのかなと期待してしまいます。みんながんばるんだぞ〜、こんなオヤジでもなんとかなることもあるんだから(笑)

そうそうお付き合いはライブに来る前からだそうですが、☆竜さんとばがにーにさんも最近ゴールインされたそうです。こちらもおめでとうございます。

シャンペンが紙コップで回ってきたので乾杯した後、ケーキが切られてまわってきました。画像は個人情報なのでご勘弁を

このへんで情報コーナー、ロフト入り口でで渡されたパンフにも入っていましたが



「雨の町」の上映が決まったそうです。

2006年春、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開決定(期日は未定)
どうやら「ダークサイドブルース」と同じく一館のみの公開のようですね。文章を2行目から書くと

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原作 菊地秀行 「雨の町」(新潮文庫「死愁記」所収)
        田中誠 監督作品
       「雨 の 町」
   和田聴宏 真木よう子 鳴海璃子
菊地秀行 菊地成孔 上田耕一 絵沢萌子 草薙幸二郎
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それと、退魔針のサブキャラというか悪役の藤原紅虫が主人公になる漫画が来年になってはじまるそうです。
なお、漫画家さんは斎藤岬さんではないとのことでした。誰になるんでしょうねぇ。

さてと、ここからは「ふっかつの日」なんですが、その前に前回の日本ので忘れていたのが一本あるそうで、それから上映されるとのこと。題名は「逆襲大蛇丸」です。(児雷也の続編だそうです)

さて上映開始〜
雷の夜に、どこかのお城でうーんうーんとうなされるお侍さん。夢で落ち武者に襲われていたんですが、はっと目が覚めてやれやれとなる。奥方がはいってきて、それがガマの姿に・・・・・・・・なるんですけど、これの造形がすごくって、まるで提灯に手足を付けたようなガマで全然怖くないどころか爆笑もんですね。ま、これを見せたかったそうなので、これはここで終了。

さて、懐かしの画像ですが、化け猫特集の時の画像だそうです。
一部は前に一度見てるんで、眠いこと眠いこと、ついつい何カ所かダウンでしてました(ーー;)

内容は前のと同じなので、コピペしようか、どうしようか・・・・。
半分コピペですが内容です

「怪猫有馬御殿」、ですがなにか「怪猫トルコ風呂」というすごい題名の化け猫映画の話もあると・・・菊地先生も前回とおなjことを言われてます。

本編の方は大奥の話でして、お局様といわれる因業婆に、入江たか子ふんする側室が色々いじめられ続けて、最後は自害に見せていびり殺されるされるわけですね。でも最後の力で女中の指をかみ切って、その血をなめた入江の飼猫が化け猫になって復讐するわけです。

しかし、猫手というか猫じゃらしの威力はすさまじいものがありまして、化け猫が猫手をやってくいくいくいとねじると、女中達が操り人形のように、逆立ちしたり爆転したりブリッジしたりする。当然着物のままですよ(笑) 着物でブリッジって変なビデオみたいです。男としては裾とふとももがとっても気になるですね。これ以降の映画は裾を縛ってあるらしいです。
でも、結局首をかみ切られちゃう。

最後に化け猫は首を落とされるんだけど、生首がそのままびゅーんと飛ぶ特撮がでて、復讐成功。
猫耳衣装は全般に歌舞伎の連獅子みたいで、動くとお耳ぴくぴくでとってもラブリーです。

はしょってあるけど、本当は半分くらいはずっといじめられてるシーンで、なかなか陰湿な映画だったようです。

「怪猫夜泣き沼」
つづみが趣味のお殿様は鼓で負けた家臣(勝新太郎)を追放してしまう。さらに悪い家老にそそのかされて呪いの鼓を手に入れ、鼓の名人の 閑斎という老人も殺してしまう。でそれを 閑斎の猫が見ていて・・・・。と言う話です。

それにしてもお殿様って碁に負けたら手討ち、鼓でまけたら手討ちと忙しいですね。それとこの時代の映画は殺したら何でも底なし沼に投げ込んでしまうようです(苦笑)

これも入江たか子が猫役をやっています。猫が出るたびにとなりのたかきちゃんがにゃーにゃーいってる(笑)

「怪猫呪いの壁」

お家騒動の結果ある腰元と恋人が悪家老に惨殺される、で、死体を壁に塗り込められちゃうわけですね。この辺はポーの黒猫をかなり参考にしていると思われます。異変が起こると壁に猫の姿が浮き出ちゃったりするのですね。

で、腰元の兄の勝新太郎がお城に入ってくるのですが、これが若侍姿が見事に似合ってないです(笑)変な修験者のおっちゃんがでて猫に対抗するのですが、最後は猫パワーで悪党を退治するような話です。「全然売れてない頃ですね。だって当時怪奇映画なんて出るのは2流ですから」と菊地先生

あ、そうそう時代劇おきまりの帯ぐるぐるのシーンがあって、すごく笑えました。

あれ、よく考えると勝新特集ともいえないこともないですね(笑)

このへんで映画はおしまいです。

オフレコ開始

18禁話
実はD特集の間はとてもおとなしくお酒を飲んでおられた飯野先生このへんでエンジンがかかってきたようです。
1時間ほど近くのピンサロいこうかと思ったとか、去年の忘年会の話にはじまって、近くの○○○○な店で○○○なことをしたとかほとんど伏せ字になってしまうので書けません┐('〜`;)┌ 最後にサインいただいた時に菊地先生に確認したのですが、オフレコにした方がいいようなのでここはパスです。期待した皆さん残念でした(笑)

外谷さん話
これもなにやかやで1時間弱ほどあったけど、けっこう危険な話(外谷さんの耳にはいると危険?)が多かったです。まあ当たり障りのないところなら、外谷さんはお酒を残すのがお嫌いなようで、帰ろうとした飯野先生のグラスになみなみウィスキーをそそいで、水をちょっと入れて(すでに水割りではない)「飲んでいきなさいよ」といわれて、結局べろべろに酔っぱらった飯野先生が帰る途中でタクシーを止めて道ばたでリバースした話。若い頃菊地先生が外谷さんのおうちに学生のサークルで飲みに行ったところ、次の朝みんな寝ていたら、お仕事?に出かけなきゃ行けない外谷さんが順番にみんな踏んでいって、悲鳴がだんだん近づいてきた話とか・・・・・・。このへんが限界かな、お後がよろしいようで・・・・m(._.)m ペコッ

あとは忘年怪のゲストに誰を呼んで欲しいかって話がありました。飯野先生は「小島さん(挿絵の小島文美さん)」と即答(笑)

最初に出たのが井上雅彦先生、事情があって夜中はきついかもしれないけど、声かけてみますとのこと。

つぎが竹河聖先生、菊地先生は頭の中で色々考えてシミュレーションされているようで、「外谷があぶないかな、いや竹河の方があぶない・・・」とかぶつぶつつぶやいておられましたけど「わかりました、声かけてみます」とのことです。

次が丹野忍画伯、聞いたとたん「丹野かぁ・・・」と絶句する御大、忘年怪5の不思議っぷりがよっぽどこたえたようです。
このときは私も客席にいましたが、とにかく話がかみあいません(ーー;) すごく嫌がっておられるので、これはどうかわかりませんね。

というあたりで、お開きになりました。
お開き前にはDのCDブックに付いていた小冊子と、今度発売されるアメコミの翻訳「30DAYS OF NIGHT」3組があたります。例によって私はなんにも当たりませんでした。じゃんけんはもともと弱いんです。

さて、外に出たら5時前くらい、この季節だとまだ暗いですね。マクドナルドで一休みしてから、7時半の新幹線で帰りました。
帰りはほとんど寝てたので一瞬でした。

(注)この文章は、記憶とちょっとしたメモ書きを元に書いていますので、言い回しとか、細かいところが違っているかもしれません。楽しい雰囲気をくみ取っていただければ幸いです。 (文責 劉貴)


雑感
結構長くなったけど、これでも書ききれなかったことも多かったかなぁ。

休憩時間中舞台の上で飯野先生がつるっと滑ってこけた時は思わず「あぶない」っと声が出たけど、ちょっとテーブルで顔を打ったくらいで大事がなくってよかったです。

それと、お初のかたで、顔がわからないかたを探していたので、何人かに声をかけていたんですが、相方に「あなたのようなでかいのに声かけられて怖くって二度と来なかったらどうするの、なぜ女の子に頼まん」といわれるのも、ごもっとも。もしいやな思いされてたら、ごめんなさいね。

今回ライブ前ミニオフ会で連れて行った中華料理屋、店のたたずまいはしょぼくって、いまどき机の上に100円入れる星座占いが置いてあるような店ですが、味の方はみんなにとても好評でした。また行こうっと。でも出来れば集合時間は守ってください>おうる