ねこ猫ヒカル
第2部
【2話 連れてって】
「塔矢がいつも行ってる・・えっと、『きいん』・・ってどんなところ?面白い?」
ヒカルは、ネクタイを締めるアキラを見ながら言った。毎日忙しく出かけていくアキラの行き先に興味津々だ。毎日のように通うくらいだから、きっと楽しいところなのだろうとヒカルは思った。
「面白いっていうか・・。まぁ、仕事だから・・。それに棋院では碁の手合いがあるんだよ。」
「毎日?」
「手合いは毎日じゃないけど・・。いろいろ他にも指導碁とかいろいろね・・。」
「ふーん。人間はその棋院ってところで碁を打つわけ・・。うちで打てばいいのにね。相手の人がこっちに来てさぁ。時々お父さんの所に来てる大人の人みたいに、来て打てばいいのに。そしたら、塔矢は出かけなくていいじゃん?たくさん家にいられるよ。」
ヒカルは、自分の思いついた名案に目を輝かせた。
「猫の国では、オレが碁を打ちてーって言ったらさ、それだけでたくさんのネコがオレと碁を打ちに来るぜ?オレが出かけて行かなくてもさ!」
アキラは、ジャケットを羽織りながら、苦笑した。
「それはキミが王子様だからだろ?みんなが来るのは。」
「そうだけど・・。塔矢だって王子様みたいじゃん。白雪姫にでてきた王子様よりも塔矢の方がかっこいいもん!言ってみたら、きっとみんな来てくれるよ。それにお父さん所には打ちに来てるじゃん。」
「お父さんの所に来てるのはお父さんの弟子の人だよ。あとはお客さんとか・・。あれは、正式な手合いを打ってる訳じゃなくて、練習みたいなもんだから。正式な手合いは棋院や・・どこかホテルの会場とかそういうところで打つんだよ。」
「ふ〜ん。めんどくさいね。」
ヒカルは納得がいかないと言うようにあぐらを掻いたまま、身体を前後に揺らして口をとがらせた。しかし、すぐに猫耳がピンと動く。
「そうだ!」
ヒカルは、また顔を輝かせる。そして、ぴょんと元気良く立ちあがる。
「カバンかして!」
ヒカルはアキラのカバンに手をかけて、ファスナーを開けた。小さな革製のサイドバックである。もう出かけるばっかりの状態のアキラは、ヒカルの謎の行動にあせる。
「進藤?」
ヒカルは、そのバックの中に手を入れていっぱいに開いてみるが、不服そうに眉を寄せる。
「塔矢ぁ、もっとさ、大きいカバンない?」
「もっと大きいカバン?」
「そう!オレが入れるくらいのさぁ・・。」
「・・・何考えてるの・・?まさか・・。」
アキラはいやな予感がよぎって、顔を歪ませる。
「カバンに入っていけば、塔矢のそばにいつもいられるじゃん!どこでも連れて行ってもらえるもん。」
「・・キミが入れるくらいのカバンを持って出かけたら、あやしいだろ?大体持ち上がらないよ。」
「あ、そんな事しなくてもついていけばいいのか。オレ、塔矢の仕事してるところ見たい!」
ヒカルは、塔矢のカバンを持って、塔矢の腕をぎゅっと引っ張る。
「行こうぜ!なんでこんな簡単な事、今まで思いつかなかったんだろ。一緒に行けばいいんじゃん。」
「ちょっと、進藤。一緒にって・・ダメだよ、そんな事。」
アキラはあわてて、ヒカルから腕を取り返す。同時に、カバンも取り返した。
「なんでー!?」
ヒカルは納得できないという顔をした。
「オレ、邪魔しないように離れて見てるだけだもん。なんにも塔矢に迷惑かけないから!」
「長時間だし、キミはきっと退屈だよ?」
「退屈なんかじゃないよ。塔矢の顔見てればさ。」
「ダメだ。それに、遊びに行くんじゃないんだ。仕事なんだ。仕事にそんな・・ネコを連れてきている人なんていないよ。」
「耳隠して、しっぽ隠せば、誰もオレの事、ネコだなんて気づかないよ。おとなしくしてるから!」
ヒカルは、アキラに必死に食らいつく。でも、アキラの目は冷静そのもので、ヒカルを連れて行く気は全くないようだった。
「もう出かけないといけない時間だから。行くよ。キミはうちでおとなしくしてて。」
そう言って、アキラは部屋を出る。ヒカルは、あわててあとに続く。玄関先でようやくアキラの腕を捕まえて、ヒカルは胸に抱きかかえた。
「進藤!」
アキラは厳しい声で言った。ヒカルはびくっとしたが、負けじときっとアキラを睨む。そして、アキラの腕を胸に抱きかかえる。
「オレも行く!」
「ダメだ!どうして、キミは今日はそんなに聞き分けがないんだ!」
「行きたいんだもん!」
アキラとヒカルが玄関先でもめているのに気づいて、父が姿を見せる。
「おいおい。朝から何を騒いでるんだ?」
ヒカルが一瞬父の声に気をとられた瞬間に、アキラはすばやく腕を取り返し、靴を履いて玄関を飛び出した。
「あ!塔矢ぁ!」
「お父さん!進藤を押さえていてください!」
ヒカルの声をうち消すように、アキラの言葉が父に届き、父は、
「ああ・・。」
と返事をして、わけがわからないまま、靴を履こうとしているヒカルを後ろから羽交い締めにする。
「うわぁ!お父さん!離して!」
「アキラが困っていたようなのでな・・。」
「塔矢ぁ!」
「なんだ?お前、アキラと一緒に出かけたいのか?」
「そうだよ!見失っちゃうよー!」
ヒカルはジタバタと両手両足を動かして抵抗するが、後ろから脇に腕を回されがっちりきまっているので、父の腕がはずれる事はない。
「そうは言っても、アキラは仕事だからな。一緒にはいけないだろう。」
「ヤダヤダ!」
聞き分けのないヒカルをよいしょと土間から玄関の板の間に持ち上げて、
「さ、お前はこっちに来て、私と朝の一局を打とう。」
と言って、父は嫌がるヒカルをずるずると引きずりながら、常時碁盤が設置してある和室に向かうのだった。