ねこ猫ヒカル
第2部
【7話 大好きじゃダメ?】
「進藤・・いいかい?今後絶対緒方さんに近寄らないでくれ。何かあってからでは遅いんだ。」
長い抱擁の後、アキラは真剣な顔でヒカルにくどくどと、「他の人に近寄っちゃいけない。」とか「知らない人からお菓子をもらっちゃいけない」とかいろいろ注意した後、緒方さんのことを再び持ち出した。
ヒカルは納得いかない顔で、口をとがらせる。
「でもさぁ・・緒方さん、そんな怖くなかったよ。そうそう!今度ケーキ食べにいこっかって言われたし!」
「キミはすぐにおいしい物につられる!それがダメなんだ。もし連れて行かれて取り返しのつかないことになったら・・。」
「取り返しのつかない事って?」
ヒカルに聞かれて、アキラは赤くなった。もごもごと、
「そりゃあ、キミの身体に・・触ったりとか・・服を脱がしたりとか・・・。」
とアキラが言うと、ヒカルは、
「そんなの塔矢だってしてるじゃん。さっきだってぎゅっとしたし。」
と言われて、アキラはあわててヒカルの口を押さえ、周りをうかがう。幸い誰にも聞かれていない。実際誰かに聞かれたら随分誤解を招きそうな発言である。
ヒカルは、アキラに口を塞がれていた手をどけた。
「それのどこが取り返しがつかないの?」
「・・・キミはボクのこと・・好き・・なんだよね?」
アキラは、どう説明したらヒカルにわかってもらえるのか頭の中でぐるぐる考えながら、とりあえずそう切り出した。ヒカルはこくんと頷いて、
「好きにきまってるじゃん。何言ってんの?変な塔矢。」
と、きょとんとしている。
アキラは、ヒカルの肩をポンポンと叩く。
「じゃあ、緒方さんは?」
「え?緒方さん?」
ヒカルは思ってもいない問いに眉を寄せながら考える。
「えーと・・しっぽつかまれた時は嫌いだったけど、牛の煮たやつがおいしかったし、優しかったからちょっと好き。」
考えてでた答えがそれだった。アキラは、ちょっぴりショックを受ける。
「進藤。キミがボクを好きなのと、おいしい物が好きなのと、緒方さんを好きなのは・・よく考えて・・違う好きだよね?ボクに対する好きはどんな好き?他のとは違うはずだ。」
アキラは急に不安になって、声を荒げる。ヒカルは、困ったようにアキラを見た。
「塔矢はぁ・・えっと・・一番好き。ドキドキして困るけど。おいしい物はいつでも好き!だっておいしいから!緒方さんは・・まだよくわかんない。」
「好きな順番は?一番好きなのがボクって事はボクの次は何?あ・・佐為とかよりももちろんボクが好き・・だよね?」
「佐為ィ?佐為はさぁ、特別だもん。オレを育ててくれたし・・いつも一緒にいたし・・。」
「特別・・。」
塔矢の顔が曇る。ヒカルはやばいと思って、あわててフォローした。
「でも今は塔矢だって特別だよ。」
「ボクと佐為は同じ『特別』なのか?!」
「えー。もうなんだよー。塔矢。変だよ。なんでそんな順番とか同じとか気にするの?!」
「じゃあ、キミは、佐為や・・緒方さんや・・誰でも好きな人とは抱きついたり、一緒にお風呂に入ったり、・・キ、キスしたりするのか!?」
アキラはものすごく動揺した。今までヒカルが自分のことが好きだと言ってくれて、「恋」をしていて、お互い特別な存在なのだと思っていた自信が音もなく崩れていくようだった。そんなはずはない!とアキラは心の中で何度も繰り返しながらも、土台がぐらぐらと揺れている。
ヒカルは、アキラに言われたことをまじめに考えている。確かに、佐為や緒方さんや誰ともアキラとするようなことはしない。アキラとするようなことは・・それは「恋」しているからだと思っていたが、よくよく考えれば、最近は一緒にお風呂に入っていないし、抱きついていないし、キスもたまーーにしかしていなかった。ならば、今、アキラと自分は佐為やなんかと同じで、恋じゃない状態なのだろうか・・。
『でも他の人はそんな事してこないし、やっぱりそれって、オレと塔矢は恋してるって事なんだよな。・・・なんかよくわかんない。大好きってだけじゃだめなのかな?』
ヒカルはちらっとアキラを見る。アキラはせっぱ詰まったような顔でヒカルの反応を待っている。
「塔矢は他の人とは違うよ。」
ヒカルはそう答えを出した。アキラの顔が一瞬情けない顔からパッと明るい表情に戻る。
「でも・・塔矢としかしないことは、オレ、困る。」
「え?」
アキラの表情が曇る。
「だって・・抱きしめられると胸が苦しくなるし、一緒にお風呂に入ると塔矢が触ったところがドキドキするし、ちょっとならいいけど、いっぱいキスするとオレじゃなくなりそうになるんだもん!困るよ。」
「それは・・好きだから・・だろ?好きだったら当然だ。ドキドキするのも苦しくなるのも・・。」
「でも塔矢は平気そうじゃん。」
「平気じゃない。」
「いっつも冷静にベロで口ん中触るし、息だってちゃんと鼻でして、めちゃくちゃ余裕だもん。ずるい!オレ、キスだけでも余裕ないのに、塔矢はキスしながら手でいろんな所触るし!」
「それは触りたいからだろ。なんならキミも触ればいい。」
「そんな余裕ないもん!塔矢のバカ!」
ヒカルは、こうして口論する時ですら、アキラは冷静で自分は動揺していることにいらついた。なんだか悔しかった。
「もういい!オレ、緒方さんと帰る!」
ヒカルはそう言って、階段を上る。アキラはすぐに追いかけた。
「緒方さんはほっておいて、ボクと一緒に帰ろう。進藤。」
「やだ!」
ヒカルはムキになって走る。さっき開けてここへ入った金属の扉をぎゅっと力を入れて開くと、そこには緒方がたばこをふかしながら立っていた。
「話は終わったかい?」
緒方はいやらしく笑って二人を見る。アキラは緒方のなんでも知っているような見透かした目にむっとした。
「ボクは緒方さんと帰る気はありませんから。」
「オレは一緒に帰るよ。緒方さん。」
「進藤!」
「まぁまぁ、アキラ君。オレも塔矢先生と君たち二人を家まで送り届けると約束したのでね。そう意地を張らずに一緒に帰ろう。」
緒方は大人の余裕というような感じで、ニヤニヤと笑ってエレベーターホールへ向かう。
「・・・まぁいいでしょう。進藤とあなたを二人きりにはさせられませんから・・。」
アキラもしょうがなく折れた。しかし、緒方はさらにからかうように、ヒカルに話を振った。
「進藤君、夜だから昼間とまた見え方が違うぞ。前の席に乗るだろ?」
「うん。乗るー!」
「ダメだ!進藤はボクと一緒に後ろに乗るんだ。」
「えー。」
「えー、じゃない!」
「おやおや。アキラ君は随分進藤君には厳しいんだね。」
緒方がくっくっと笑うと、ヒカルは緒方にあわせて、
「そうなんだよ。塔矢、この頃うるさいの。ダメダメって。」
「進藤!」
外は暗くなりつつあり、助手席に乗り込んだヒカルは緒方と仲良く話しながら、アキラはそれにとげとげと嫌味を言いながら、険悪なまま、3人は塔矢家への帰途につくのであった。